謝罪はチョコミント味
「すまない、本当にすまなかった」悲痛な声が、電話越しにイワンの耳へと響く。
「そんな、キースさんは少しも悪くないです」
「いや、悪いのは全て私だ。今君は、正直呆れていただろう?」
「まさか」
はは、とキースが乾いた笑い声を立てる。
イワンからは、キースの表情を見る事は出来ない。――ほんの数メートルしか離れていないというのに。
事の始まりは、虎徹からかかってきた一本の電話だった。本社から来た視察が、イワンに会いたいと言っているので、休みのところ悪いが、着てくれないか……そんな内容の電話に、イワンは少し、返答に困った。何故なら、今日はキースと所謂デートに行く約束をしていたからだ。
返答に困るイワンの様子から思い当ったのか、虎徹は少し優しい口調で、誰かと約束があるのか?と聞いた。それはそれでますます返答に困ったのだが。
ちょっと約束をずらしてもらえないか聞いてみます、と電話を一旦切り、すぐキースの電話を鳴らした。少し眠そうな声は、快く了承し、じゃあ私はドーナツを食べて待つよ、と言ってくれたのだが――。
最初怖そうだと思った視察、ユーリ・ペトロフは第一印象よりは随分と優しかった。
震える声で『将来はこの店で正社員として働きたいと思っている』と言ったイワンに、色々とアドバイスをしてくれ、更には『いっそのこと本社に就職したら良い』とまで言ってくれたのだ。しかし、あくまでもこの店で働きたいイワンは、それを丁重にお断りしたが。
思った以上に長くなってしまった面談を終え、カウンターで背中を丸めるキースの元へと行った時には、もう遅かった。
憮然とした表情のキースはぐいぐいとイワンを引っ張って、公園へと向かう。イワンは待たせた謝罪すらろくに出来ぬまま空いていたベンチに座らされた。
『ここから動かないで欲しい』
固くこわばった表情でそう言うと、キースはベンチから離れた花壇の淵に腰かける。そしてジャケットのポケットから電話を取出し、操作をした。
すると、イワンのマナーモードに設定していた携帯がキース・グッドマンという表示を出して震え、冒頭へと戻る。
「呆れてくれて良いんだ。寧ろ呆れていて欲しい。自分でも随分と馬鹿な感情を持ったと思っているんだ」
「そんな。あんなに待たせてしまったんです。キースさんが怒るのは当然のことで……」
「イワン」
「は、はい」
まるでこの公園で気持ちを確かめ合ったあの日の様な、真剣な声がイワンの鼓膜を震わせる。
その真剣さに、思わず背筋を伸ばす。
「勘違いしているね。私が自分で馬鹿だと言った感情は、怒りじゃなんだ」
「え……?」
怒りではない。そう言い切られてしまうと、イワンにはもう心当たりがなかった。
「それだったら、わざわざこんな風にこの距離で電話などしないよ」
「は、はあ……」
「馬鹿みたいな感情だから、顔を合わせて謝れないんだ。本当に私は情けない。……イワン、私は嫉妬をしてしまったんだ。あの視察と楽しそうに話す様子に、タイガー君にも呆れられる様な嫉妬をね」
花壇の淵に腰かけたキースが項垂れるのが見えた。
それを見た瞬間、イワンは携帯を耳から離して駆け出した。
「い、イワン!?」
顔を上げたキースは、何時もの笑顔も何時かの真剣さもない、酷く人間臭い情けない表情をしていた。
「キースさん、ごめんなさい」
「だから、君が謝る必要性は」
「でも、キースさんが嫉妬するような原因を作ったのは僕です。待たせてしまって、本当にごめんなさい」
深々と頭を下げる。それを戻すと、キースがまるで泣きそうな表情でイワンを見つめていた。
「私は本当に……。君の将来の夢への手伝いもできないし、こうやって変な嫉妬をして、情けない姿を晒してしまう」
「将来の……え、キースさん知って」
「タイガー君が教えてくれたよ。君があの店に就職したいと言っている、とね」
「……じゃあ、どうして嫉妬したんです」
「え?」
キースは目を丸くする。イワンは唇を尖らせてキースの横へ腰を下ろした。
少し低い位置にあるイワンの顔をキースはただただ見つめて、イワンの言葉を待つ。
「……い、言いませんからね。その、理由は。とにかく、キースさんは嫉妬する必要なんてないんです。大丈夫なんですから」
小さな声が、キースの耳に染み込んでいく。それを理解すると、キースの表情はゆっくりといつも通りの笑顔へと戻っていった。
「……イワン」
「な、なんですか」
「君は本当に、凄い子だ。どこまでも私を夢中にさせる。……でも、だからこそやはり私はいくらでも嫉妬してしまうのだろうな。夢中になっている分、他人にもその可能性がある事が許せない」
ちゅ、と音を立ててキースがイワンの頬にキスをする。ふわり、とカプチーノの香りがイワンの鼻をかすめた。
「……さてイワン、デートを仕切りなおそうか。まずは最初に、謝罪も込めて君に何かプレゼントをしたい。何が良いだろうか?」
「え、そんな……」
要りません、と言おうにも、すっかり立ち直ったキースの視線が、それを許さないと告げている。
困って外した視線の先にあるものが映った。
「じゃ、じゃあ、あれ買ってください」
「ん?……アイスクリーム?そんなんで良いのかい?」
こくこく、とイワンは頷く。するとキースはニッコリ笑って立ち上がり、イワンに手を差し伸べた。
恐る恐るその手を取ると、二人はアイスクリームワゴンへと歩き出したのだった。