不機嫌カプチーノ
「……」「おいおい、少しはそういうの隠せよ」
虎徹が呆れて息を吐く。
それを聞き流し、キースはカップに注がれているカプチーノを喉に流し込んだ。
今日のキースは、何時もの制服姿と違い、私服を着ている。それ故、カプチーノも、皿の上のドーナツも全て普通に購入したものだ。応対した虎徹は、珍しいなと笑っていた。
「しかし、今日はデートの約束をしていたんだ!」
「あー……そうなの?」
「そうだとも!」
それなのに!とキースは叩きつけるようにカップを置く。中身は辛うじて零れずに済んだ。
「あの男は一体誰なんだい?」
「あれなぁ、このドーナツチェーンの親会社の視察だとよ」
二人が視線を送る先には、イワンと見慣れぬ男が向き合って座っている。
男はウェーブの長い髪を緩く束ねており、丁度右側に一房垂らしている所為で、虎徹とキースからはよく表情が窺えない。しかし、イワンの表情と辛うじて見える口元からすると、そこまで固い雰囲気という訳でもないらしい。そうであったのなら、もうとっくに虎徹が割って入っているだろう。
「それがこんな休日に、アルバイトと面接かい?訳が分からないな」
「俺だって分かんねぇよ。いきなり来て、名刺出して、いろいろ見て回った挙句、アルバイトの子も呼んでくれ……だぜ?」
「いきなり?」
「そ、いきなり。ネイサンのとこには一応、近いうちに視察に向かわせてもらう、位は話がしてあったらしいけどな。……あ、そうだそうだ。忘れてた」
虎徹がキースの耳元に口を寄せる。
「多分、ネイサンが話しちまったんだろうな。アイツさ、ハイスクール卒業したら本気でここで働くんだと。だからどういう勉強したら良いか、とか聞いてきたりしてよ……。てっきりあの視察から圧迫面接みたいなもんでも受けてんのかと思ったが、もしかしてアイツの方からいろいろ聞いてんのかも」
「……」
ぎり、とキースは唇を噛んだ。手の中で冷め始めたカプチーノのカップよりも、キースの体温は上昇していくようだった。
「おい、どうした?」
「私は、自分が不甲斐ない」
「は?」
辛うじて泡の残るカプチーノを見つめる。これがもしも普段通りのブラックコーヒーだったのなら、その水面には酷く情けない顔をした男が映った事だろう。
「私は知らなかった。私では、イワンのアドバイザーにはなれない……。それをこうやって突き付けられて、正直、悔しい」
「……」
「……私は、このカプチーノの煎れ方もよく分からないし、この店でドーナツを作る過程も知らない。知らないことだらけだ。年上だから、出来うる限りの手助けをしてやりたい……そう思っていたのに」
虎徹は何も言わずに、キースを見つめる。自分から何かを言うべきではないと思ったからだった。
「情けないな、私は」
「……それだけは、違うって言っとくぜ」
虎徹は2杯目のカプチーノを差し出す。
視界に入るテーブルの会話は、まだ終わる様子がなかった。