白黒的絡繰機譚

転がり落ちたハニーシナモン

イワンの周りには家族がいて、学校に行けば親友がいて、バイト先には優しい人たちがいっぱいいる。
幸せだと思う。幸せだ。
だから、それを永遠だと勘違いしていた。

「君を愛している。誰よりも、そして何よりも」
「……っ!!」

唇が震えた。瞼が痙攣しているような気がした。抱えた紙袋がくしゃりと音を立てた。
イワンの思考は固まって、動かない。
目の前で目を見開いて固まるイワンをどう思っただろうか。キースの表情は何時もと違い色がないので、分からない。

「気持ち悪かったかい?でも、これが私の本心なんだ。君がきっとこんな顔をすると思ったから、ずっと言わずに来たけれど、限界だ。誰かと会話をしているかと思うと、気になるんだ。君が私のいない時間に笑っているかと思うと、苦しいんだ。私は私だけの、確固たるものが欲しい。好きか、嫌いか。嫌か、嫌でないか。どちらでも構わない、君の答えが、君の言葉で欲しい」

聞かせてくれるかい。
促されても、イワンの口から言葉は出ない。ただ、沢山の疑問符がやっと動き出した頭を駆け巡る。




――今日という日は、何時も通りの筈だった。
ただ一つ今の状態以外で変わったことがあるとすれば、やはりキースだけだった。

『いらっしゃいませ。何時もので良いですよね』
『……いや、今日はコーヒーもドーナツも要らないよ。すぐ向かわないといけない場所があるからね』
『そうですか……。お仕事、頑張ってください』
『ありがとう、イワン君。ああ、そうだ。君、今日も何時も通りかい?』
『え?……ああ、バイトの時間は何時も通りです』
『そうか、分かったよ』

一体何が分かったのか、と聞く前にキースはさっさと店を出て行ってしまった。
「キースが帰るまで休憩する」と言っていた虎徹を呼びに行くと、随分驚いた様子だった。
何か事件があったのだろう、そう思っていたのだが、どうやら間違いだったらしい。
事件は今――バイトが終わって、店を後にした瞬間――起こっているのだから。
ふ、とキースの表情が緩む。それもまた何時もと違う、どこか泣きそうな顔だった。

「すまない。私はどうも性急すぎるらしい。君には時間が必要だろう。言うだけ言って、困らせて……本当に、私は」
「キース、さん」
「気まずいかもしれないけど、送ろうか。警察官として、夜道の一人歩きはお勧めできないからね」

かすかに頷いて、キースの車に乗り込む。パトカー以外を運転する彼を見るのは、初めてだった。

「……また、明日」

無言のドライブが終わり、車を降りたイワンにキースはそう言った。
二人で出かけた休日の終わりも、同じ事を言われた。

「……」

あの時はしっかりとした口調ではい、と返事をした。けれど今回は、返事が出来なかった。
くしゃりとまた、泣きそうな顔をすると、キースは車を発進させる。ただただ、それを目で追った。

「あ……。ドーナツ……」

余ったから持って帰れよ、そんな言葉と共に虎徹に押し付けられた紙袋は、まだ中身すら確認していないまま、イワンの手に残らなかった。
まるで明日から無くなるだろう習慣の全ての様に。







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