浮き沈みシュガー
「……あれ?」店に入った瞬間、キースは肩を落とす。
見える範囲に、この時間この曜日は絶対いる筈のプラチナブロンドが見当たらない。
カウンターに立つバーナビーに視線を送ってみるも、頭を横に振られるだけだ。
「いらっしゃいませ。何時もので良いんですよね?」
「ああ……」
事務的な口調でバーナビーは言うと、てきぱきとドーナツを皿に載せ、コーヒーを淹れる。
差し出されたドーナツを、キースはあまり美味しくなさそうに口にした。何時も通りの味がするのに、美味しく感じられない。
あからさまなその様子に、カウンターに立つバーナビーは溜息を吐いた。
「今日、先輩は休みですよ」
「そうみたいだね……。でも昨日は何も……」
昨日、一緒に映画を見て、ランチをした。その後はぶらぶらとウィンドーショッピングを楽しみ(キースとしては何か買ってあげたかったのだが、イワンが断固拒否をした)そして別れた。
「また明日」と言った時「はい」と返事をしてくれたのに、それなのにイワンはここにいない。
「ええ、休みは昨日だけの予定でしたから。ですが、急に休みたいと電話が入ったもので」
「急に?」
がたり、とキースが立ち上がる。
必死な表情を浮かべた顔を、バーナビーは無表情で見つめる。
「……別に、先輩は怪我をした訳でも風邪をひいた訳でもありませんよ。学校の所用です」
「なんだ……それは良かった」
ほっと息を吐いて、コーヒーを手に取る。苦いそれを飲むには、何時だって覚悟が必要だ。
一口飲むと、目を見開いてバーナビーを見つめた。コーヒーで濡れた唇が言葉を紡ぐ前に、口を開く。
「先輩の休みの連絡を受けたのは僕なんですけどね、一つ頼まれたんです。貴方のコーヒーに砂糖を2本入れてください、と」
「……!」
丁度昨日、キースが甘党でありコーヒーにも砂糖が必須である事を打ち明けたばかりだった。
気恥ずかしいが、気遣われているという事自体は悪くない。いや、むしろ凄く良い。
「そうか……。イワン君が、そんな……」
湯気の立つコーヒーが注がれたカップを両手で包む。黒い液体は、格好良い苦さを失っているが、幸せな甘さを含んでいる。
熱と一緒に伝わってくるものに、イワンへの想いは募るばかりだ。
「バーナビー君」
「何でしょう。先輩なら、明日はいつも通りですが」
「そうか!それは良かった!」
にこにことキースが笑う。
「……貴方って、幸せな人ですね」
平坦な口調の嫌味も、緩んだ表情のキースには通じなかった。