コーヒーフレーバーは甘ったるい
きょろきょろと辺りを見回す。駅は人が多すぎて、目当ての人物は見当たらない。柱に背を預けて、イワンは息を吐く。何故こんなに緊張するのだろう、と。
(ただ映画を見て、ランチを食べるだけなのに……)
年の離れた、友人とも言い難い人間とそんな事をするのは初めてだが、バイトがあれば何時だって顔を合わし、会話をする。今更何を緊張する必要があるのか?
恐らく虎徹とバーナビーは呆れ、ネイサンは含みのある笑みを浮かべるであろうイワンの状態に気が付く人物は、ここにはいない。
「――イワン君!」
正面から、キースが走ってくる。
そんな大声で僕を呼ばなくても、ちゃんと聞こえているのに。ほんの少しの不満を抱えつつも、口の端には笑みが浮かぶ。本人は気が付かない。
「すまない、待たせてしまったようだ」
「いえ、僕がちょっと早く着きすぎただけなので。気にしないでください」
「そうかい?でも君を待たせてしまったのは事実だ。だから、映画もランチも全部、私が出すよ」
それは困ります!とイワンは出来る限りの声を張り上げてはみたものの、キースは奇麗に聞き流してイワンの手を引く。
駅から映画館までの距離を、白昼堂々手を繋いで歩いてしまった事実がイワンにはっきりと認識されたのは、キースがチケットを買う為に手を離してからだった。
――キースが選んだ映画のチケットは、イワンの好きなジャパンが出てくるアクションものだった。 遠慮するイワンを押し切る様にしてキースが買い与えた特大のポップコーンを抱えて見るそれは、イワンの目を釘付けにして放さない。キースが大画面よりも自分を見つめていた事なぞ知らないまま、スタッフロールが流れ、映画は終わる。
「いやぁ、面白かったね」
「はい……!キースさん、ありがとうございました」
「喜んでもらえて何よりだ。この映画の事を知ってから、君と来たいと思っていたんだ」
キースがそう言ってほほ笑むと、イワンの心臓が跳ねた。
「ありがとう、ございます」
「ははは、良いんだよ。さて、丁度いい時間だしランチに行こうか?」
今度は手を引かれなかった。ほんの少しだけそれを残念に思った自分に気が付いて――イワンは、頭を振る。
「どうかしたかい?」
「いえ、大丈夫です」
――プレートの上に盛られたフライドポテト、サラダ、サンドイッチ。
更にはたっぷりとアイシングのかけられたマフィンまで。
「……美味しかったけど、量が僕には、ちょっと」
「そうかい?君は小食なんだな」
これが体格の差なのか、とイワンは肩を落とす。
なんとか6割程度は胃に収めたものの、限界だった。残りはキースがとても美味しそうに食べてしまった。
「キースさんは、とても美味しそうに食べるんですね」
偏食という訳でも、食べる事が嫌いという訳でもないが、自分はそんな顔をして食事をしている自信はない。
「美味しいものを食べれば、自然とそうなるものさ。イワン君だって、一生懸命美味しそうに食べていたと私は思うが?」
「そうですかね……?」
そんな事を話しているうちに、食後のコーヒーが運ばれてくる。
キースはテーブルに置かれたそれに、慣れた手つきで角砂糖を二つ落とした。
「あ、れ?」
「どうかしたかい?」
「いえ……。キースさんって、コーヒーに砂糖を入れるんですね」
あ、とキースが声をあげる。そして照れた様に笑った。
「参ったな、君の前なのに。……うん、私は甘党だからね、コーヒーも砂糖が必須なんだ」
「え、でも何時も砂糖入れてないですよね……?」
イワンが来店したキースに差し出すのは、青いアイシングのかかったドーナツと、ホットコーヒーが注がれたカップのみ。スティックシュガーもミルクポーションも差し出した事がない。
「だって砂糖もミルクも出てきた事がないからね。実は初めて君が私にドーナツとコーヒーを出してくれた時、付け忘れてたんだ。だから、私は君からもらうコーヒーはブラックで飲むんだよ」
「え……?!」
イワンの顔が青ざめる。確かに差し出した事がない。けれどそれはキースが望んだからだといつの間にか勘違いをしていた、らしい。あの時の自分はもうバイトを始めて2年が経過していたというのに、初歩的にも程があるミスだと言えるだろう。
「キースさん、その、ごめんなさい……!!」
「……?何故謝るんだい?」
「だって、僕」
甘いコーヒーを一口飲んで、キースは言う。
「確かに君は砂糖とミルクを付け忘れたけど……、そこで欲しいと言わなかったのは私だ。だから、気に病む必要は無い。それに、その時思ったんだ」
「キースさん……?」
かちゃり、とソーサーが音を立てる。
「……ブラックを平気で飲める方が、かっこいい。そうだろう?」