ブルーアイシングの片想い
『パトカーで来店した警察官にはドーナツとコーヒーを無料サービス』そんな事を謳ったチェーン店は、この街の至る所にある。
街の中心から少し外れた区画にも、そのチェーン店は存在していた。
ティータイムには少し遅い時刻、その店の前にパトカーが止まる。そこから降りたのは、まだ若い警察官だ。恵まれた体格を制服で包んだ警察官は、スキップでもしそうな歩調で店へと入っていく。
「いらっしゃいませ」
「やあ!こんにちはイワン君!」
「……こ、こんにちは。キースさん」
キースの朗々としたあいさつに、カウンターに立っていた細い少年がびくりと肩を震わせる。
その様子に、奥の席でドーナツを食べていた常連たちはくすり、と笑った。
もう誰もが見慣れたいつもの風景。ハイスクールの授業が終わった後、バイトに入るイワンがカウンターにいる時間を見計らって来店する警察官。
「ええと……、何時もので良いんですよね?」
「ああ、お願いするよ」
もしもの事があってはいけないので確認はとるものの、イワンの手に握られたトングは、キースの答えを聞く前からドーナツを掴んでいる。それを皿へと載せ、ホットコーヒーを淹れる。
この時間帯以外であれば、社員である虎徹かバーナビーのどちらかがいるのだが、二人とも決まってキースが来ると休憩に入ってしまう。なのでイワンはキースの対応を一人でやらねばならない。何も特別な事をする必要は無いのだが、どうも緊張してしまう。
「どうぞ」
トレーの上に載っているのは、青いアイシングがたっぷりとかかったドーナツと、ホットコーヒー。ほぼ毎日食べていて飽きないのだろうか、とイワンは思うのだが、キースは何時もとても美味しそうにそれを頬張っている。
「やはりここのドーナツが一番美味しい!」
「それは……良かったです」
ドーナツを齧り、にかりと笑う。
「そうだイワン君。週末は空いているかい?」
「はい……?」
「良かったら映画でもどうかと思ってね」
「え、ええと……」
「映画は嫌いかい?ならそうだな……ああ、最近同僚に教えてもらったカフェテラスがあるから、そこにでも行かないかい?」
「いや、あの、僕は」
カウンターを乗り越えてきそうな程近づけられた顔に、イワンの息が止まる。
何だろう、これは。
「……うちのバイトをイジめんなって」
「イジめてなんかいない!」
きぃ、と奥の扉から虎徹が顔を出す。
「私はただ週末の誘いをしていただけだ!」
「週末ぅ?週末コイツはバイトだぞ?」
「え?」
睨むように虎徹を見ていたキースの視線が、イワンへと向けられる。険しかった筈の表情は一瞬でまるで、捨てられた子犬の様になってしまう。
「……その、はい。そうです」
ただ事実を告げているに過ぎないのに、どうしてこうも罪悪感に襲われるのか。
「……」
「……」
ただただ困った表情で見つめ合う。きゅう、と心臓が締め付けられるような心地がした。
「お前らさぁ、何時まで見つめ合ってんだよ。……あー、もー!お前週末入んなくていいわ!」
「え?でもバーナビーさん休みだし……」
「バニーちゃんは良いんだよ、どうせ暇してんだろうし。呼んだら来るだろ。つーわけで週末は二人で映画でもメシでも行って来いって!」
「ありがとう、そしてありがとう!」
詳細はまた明日!
そう言い残して、キースはパトカーに乗り込み、仕事へ戻って行く。残ったのはぽかんとした顔のイワンと、面倒くさそうに頭を掻く虎徹だ。
「あの、店長。……ありがとう、ございます」
「それは分かってから言えよ」
何が、とは聞き返せないまま、イワンは誰もいなくなったカウンターを見つめる。
空っぽの皿と、冷たくなったコーヒーがほんの少しだけ残ったカップがそこにはあった。