白黒的絡繰機譚

eating,dear,and realize

がっつりコテバニ要素有り

プレートが2枚。赤黄緑の三色が眩しいクラブハウスサンド、サウザンドレッシングをかけた紫キャベツのミニサラダに、小さな器入りのパンプキンポタージュスープ。鮮やかな色彩や量からして、どちらかと言えば女性向けのランチを食べているのは成人男性2人組。しかも片方はこの街のヒーロー・バーナビー・ブルックスJr.!
飲食ビルの3階と4階を吹き抜けで陣取るこのカフェレストランはなかなかの人気店だが、立地はオフィス街からはやや遠く、加えて平日の、しかもランチタイムが終わろうかという刻限に客は少ない。しかし、ウェイターの視線につられて、敏感な女性客は彼の存在に気がついていた。そして「はて」と思う訳だ。
「一緒に食事をしているのは、一体誰だろう」と。
何となくバーナビーに似た顔立ちのシルバーブロンドの男性。それを際立たせるようなモノトーンの服装は、シュテルンビルドの雑踏を彩るエキストラを務めきれない存在感がある。誰もが何時かどこかで見かけた気がしてならないのに、それを思い出せない。確かにどこかで見た筈の、無表情なのに。

「――あの」

フォークで細かく切られた野菜を口に運ぼうとして、バーナビーの手が止まった。そして、視線がサラダから向かいの男性へと移る。

「もしかして食欲がないんですか」

バーナビーのプレートはほぼほぼ均等に、3種類が半分ずつ減っている。だが、シルバーブロンドの男性のランチはほとんど減っていない。ようやくサラダが半分終わろうかという程度だ。

「いえ、そうでは……。俺、凄く食が細くて、それに食べるのもそんな、早くなくて」

どうか気にしないでください、と言って彼はスープを一口啜った。

「そうなんですね、すみません。……なら彼とは全然正反対だ」

彼は「はい」と返事をすると、何か思い出したのかほほ笑んだ。





「――おっせぇよオッサン!」

所代わってバーナビー達がいるカフェの外では、そんな声が空気を揺らした。
発したのは世界を股にかけるヒーロー・ライアン・ゴールドスミス!彼がシュテルンビルドのヒーローだったのは、もう何年も昔の事だが、彼の名前がメディアに載らない日の方が少ない。そんな彼がどうしてここにいるのかは、市民ならば誰もが知っている。ここ一ヵ月、ヒーローTVはずっと彼を特番のゲストに呼ぶ事を宣伝し続けていたのだから。

「わりぃわりぃ」

頭を掻きながら彼と合流したのは、これまたヒーロー・ワイルドタイガーだ。トレードマークであるアイパッチをつけていないので、正しくは鏑木・T・虎徹と言った方が良いのかもしれないが。

「てか、どうしてバニーじゃなくて俺?」

虎徹は疑問をぶつける。短期間だが彼の相棒としてやっていたのは虎徹ではなく、バーナビーだ。バーナビーに先約があるのは虎徹も承知だが、だからと言って自分が呼び出しを受ける理由にはならないだろう、と思った。それも、食って掛かるような声で。

「なんで当人呼ぶんだよ。ってかアンタは聞いてねぇの?」
「だから何を」
「ウチのと、アンタんとこのが今ここでメシ食ってんの」
「……」

ぱちり、と虎徹が瞬きをする。ライアンの顔をまじまじと見つめ、そうして身体をくの字に折り曲げ、

「は、はは!あはははは!」

天を見上げて高らかに笑い声を上げたのであった。




「……こうしていざ向かい合うと、何を話したらいいのか分かりません」

困った様にポタージュの入ったカップを撫でる様子を見て、バーナビーは微笑む。彼――アンドリュー・スコットと向き合う事は何度もあったが、柔らかい表情と空気の中でしっかりと向き合うのは、きっと今が初めてではないだろうか。刑務所にいる彼を面会という形で再開すると、いつも居たたまれないという体だった。もしかして自分の訪問は迷惑なのだろうか――そう思いはしたが、どうしても会いたかった。昔の自分の様に頑なで、自分の様に支えてくれる人に出会えないままだった彼に。

「僕もですよ。でも貴方には沢山、彼との事を聞きたいなと思ってるんですが」
「ライアンとの、ですか」
「ええ、是非」

アンドリューがその刑期を終え出所したその日、やっと隔てるもののない状態で話が出来ると楽しみにしていたバーナビーの前に突如現れたライアンは、そのまま風のようにアンドリューを連れて行ってしまった。混乱するバーナビーの元に届いた情報は、とても簡素で簡潔な『アレは俺のものだから』というメールのみだった。ちっともそれの意味が分からず、虎徹に見せてみたものの「そういうこったよ」としか答えてくれず、それがまるで子供に言い聞かせる様なものだったため、酷く不機嫌になった事をバーナビーはしっかりと覚えている。

「……どこからお話したら良いでしょうか。今でこそ俺はライアンの秘書なんてしていますけれども……元々彼は、そんな気なんてちっともなかったんです」
「えっ。……じゃ、じゃあなんであの日、ライアンは貴方を連れて行ってしまったんです……?」
「え……?」

2人が驚いた顔で見つめ合う。ぽかん、としたバーナビーの顔からは、とぼけているようにはとても見えない。そこで、アンドリューはライアンに言われた事を思い出す。
「ジュニア君は賢いけど、その分天然すぎる」と。これはそういう事なのだろうとアンドリューは思った。つまり、ちゃんと説明すべきなのだろう。本当に何から何まで、全て。

「その、ですね……。ライアンはあの時すでに、俺に……好意を抱いていた、ので」

今更な事実ではあるが、口にすると随分と気恥ずかしい。もう随分前の事だ。けれど、まるで最近あった事のように鮮明に覚えている。あんな衝撃、中々味わえるものでもないだろう。

「好意。……好意、ですか」
「……はい」

単語の意味を転がすように、バーナビーが繰り返す。手に持ったままのフォークが残り少なくなったサラダを捕らえきれず、くるりと回転した。彼らしくない、スマートではない動作だ。それを示すように、アンドリューが見つめるグリーンの瞳は揺れている。
バーナビーは、自分の告白をどう受け取ったのだろうか。どうしてもマイナス方向に捉えてしまって、口の中が乾く。アンドリューはややぬるくなったレモン水を一口含んだ。それを飲み込むと、ようやくバーナビーの瞳の揺れが止まった。





笑いっぱなしの虎徹の腕を引いて、ライアンはバーナビー達がいるカフェへとやって来た。やや重たい木製のドアを開けると、上部に取り付けられたベルがちりん、と音を立て、すぐに若い女性定員がやって来た。彼女の向こうには、観葉植物に紛れてバーナビーとアンドリューの頭が小さく見える。ライアン達に気がついた様子はない。

「いらっしゃいませ、2名様ですね。お煙草は……」
「席の場所、それで変わんの」
「はい。喫煙される方は上にご案内させていただきます」
「んじゃそっち」
「かしこまりました」

女性店員は上の席の中ほどへと案内したが、ライアンはそれをやんわり断って下の階がよく見えるが、こちらは見えにくい席へ陣取った。席選びの迷いのなさに、虎徹はへえ、と感心する。
席に二人が座ると、レモン水とメニューが置かれた。時間はぎりぎりだが、まだランチタイム用のメニューを出してくれるらしい。虎徹はホルダーに入れられたそれを手に取って眺めるが、ライアンはテーブルの上に見向きもせず、下――つまりバーナビーとアンドリューの方――を見ている。遂にはずい、と身体を出来る限り近づけてみるが、バーナビー達よりも有線放送を流し続けるスピーカーの方が近く、会話は聞こえそうにもない。

「ここじゃイマイチ聞こえねぇの。なあ、アンタの能力で聞こえねぇ?」
「だっ!何言ってんだ!そういう為の能力じゃねぇっつの!」
「こういう時の為だろ。……そんな睨むなよ、冗談だって」

分かってるよ、と言いながら虎徹はメニューを眺める。日替わりランチが3種類、写真付きで並んでいる。

「サンドイッチしかねぇのか……」

虎徹が眺めているそれを、ライアンが覗き込んだ。若干残念そうな声色は、どうもここが何を売りにしているのか知らなかったらしい。移動中に調べることもせず、ただアンドリューから聞いた住所だけで来たのだろう。

「そりゃ、ここパン屋だし」
「パン屋?」
「そ。元々アポロンの割と近くにあったちっさいパン屋だったんだけどさ、OBCの番組で取り上げたら見る間に客が増えて、店も移転して大きくなって、遂にサンドイッチ専門カフェを出したのが去年。それがここ」
「へー……割と詳しいのな」
「バニーが気に入ってたパン屋だからな」
「だろうと思ったぜ」

大げさに肩を竦めつつ、ライアンは「おっさんもう決まったろ」と言ってテーブル上のベルをちりん、と鳴らした。少しして下の階から席まで案内をしてくれたのと同じ店員がやって来た。ライアンは3種類の中で一番ボリュームのあるローストチキンと卵サラダのランチ、虎徹はエビとブロッコリーのをそれぞれ選んだ。
店員が去ると、ライアンはほんのりレモンの香りが移った水を一口飲み、軽くなったグラスを振りながら首を傾げた。

「つかさ、アンタなんでそんな平常心なワケ?」
「ん?」
「さっき言ったけど、今ジュニア君とアンディ、下でメシ食ってる」
「そうだな」
「俺も、アンタもほっといて。アイツらがメールのやり取りしてるのは知ってるよな」
「おう。今日はこんなメールが来た、って結構聞いてるな」

バーナビーの口からアンドリューの名前が出ることは多い。微笑みながらメールの内容をまるで自分のことのよう話してくる様子は、写真でしか見たことのない彼の幼少期のままのように虎徹の目に映る。

「ま、今日のことは聞いてなかったけどな」
「……なのに、なんで」

不機嫌の滲む低い声でライアンが吐き捨てるように言う。メディアに露出している時とは違う、まるで子供のようだと虎徹は思った。

「別に良いじゃねぇか。バニーとランチしたくらいでえーと……アンドリュー、が、お前と別れるわけでなし」
「そうだけど。てかオッサンは流石に分かってたか」

ジュニア君がちっともだったから、とライアンは続ける。ああ、と虎徹は曖昧に笑った。
アンドリューの出所日のこと――ライアンによる華麗な拉致――があり、その後牽制メールを貰ったりしたものの、バーナビーは「ライアンとアンドリューは恋人同士である」という事実にちっとも気が付かなかった。牽制メールを見せながら首を傾げる様子を可愛いと虎徹は感じつつ、かといって一から説明するのもどうかと思ったので曖昧な言葉を投げただけだ。流石にいつか気が付くだろうと思ったのだけれども、空港へ迎えに行った後の話からするに、まだ気が付いていないのだった。呆れつつも、やはり可愛く感じてしまうのは、恋人の欲目が過ぎるのだろうか。

「流石に分かるっての。で、ライアンは不満なのか?二人が仲良くしてんのが」
「不満ってか……。まあ不満、だろうな」
「そっか。俺は寧ろ良いことだと思ってるけどな。相談ができる友達ってのはいいモンだ」
「……アンタ、結構余裕あるのな」
「そりゃ歳くってるからな。お前は結構余裕ねぇのな」
「ってよぉ……」





「ライアンは貴方のことがとても好きなんですね……」

まるで映画みたいでした、とバーナビーが言う。
確かにそうだとアンドリューは思った。出会った直後こそ何もなかったけれども、出所してからの日々はまるで映画のようだ。ライアン・ゴールドスミスという男が書き上げたシナリオに踊らされているかのよう。齧ったサンドイッチと共に、バーナビーの言葉を飲み込む。

「そう、なんですかね。あ……そうなのでしょうけど、なんというか……」

自分自身で行為という言葉を使いはしたものの、好き、という言葉で括っていいものかはよく分からない。変にあたふたとしてしまうアンドリューに、バーナビーは目を細める。

「分かります。……僕も、虎徹さんへの気持ちを言葉にするのは、とても難しいと思います」
「バーナビーさん」
「気持ちを言う機会もないですが。虎徹さんとは何があっても、相棒です。……と皆には言いますし」
「……」
「けれど、本当はワイルドタイガーの相棒で、鏑木虎徹のパートナーです。……言えませんが」

ふふ、とバーナビーはどこか寂しそうに笑った。それにどう声をかけるべきか、アンドリューには分からなかった。
けれども、その寂しそうな笑みは、すぐに消える。

「――でも、これからは貴方に言えますね」
「え?」
「……あ、ごめんなさい。そういう話、苦手ですか?」
「い、いえ、そうではなく」
「じゃあ、構いませんよね。正直今までも、僕からのメールは虎徹さんとのことばっかりだった気がしますけど」
「それは……俺だって」

復讐から解放されたアンドリューに今あるものは、自身と思い出の他はライアンばかりだ。彼がいるから、自分は立っているのかもしれない。そう思ってしまう程には、彼を中心に生きている。ライアンは、アンドリューの唯一だ。きっと、バーナビーもそうなのだろう。

「これからも色々、話を聞かせてくださいね。愚痴でも惚気でも、何でも聞きたいです」
「……では早速、ここだけの話をしますが」

アンドリューが少し、楽しそうに弾んだ口調で呟く。誰かとこういう話をするのは、もしかして初めてのことではないだろうかと思った。

「実は、ライアンって俺の好みとはちっとも掠らないんですよ」
「え」
「年下ですし、初対面から横柄でとても誠実そうには見えなかったですし……」

出会った当初のアンドリューは、勿論恋愛対象としてライアンを見てはいない。だが、それでも「合わない」と思ったことは確かだ。今思えば、彼は自分に正直すぎて、まぶしかっただけかもしれないが。

「でも、今はだから良いのかな、と思います」
「……ああ、何か分かります。僕も虎徹さんと出会った当初は、仕事以外に関わろうなんて思わなかった」
「バーナビーさんも……」

ふわり、と何かがアンドリューの中に湧き上がる。復讐に生きてきた時には感じた事のない感情だ。

「同じですね」
「……はい」

多分これを嬉しいと表現するのだとアンドリューは思った。





「お待たせいたしました」

なんだかんだと2人がお互いのパートナーについて言い合っていると、店員が両手にプレートを携えてやって来た。置かれたプレートには、ポタージュスープとサラダ、それにサンドイッチが並んでいる。量からしてライアンには物足りないだろうな、と虎徹は思った。でもきっと、お互いのパートナー達には丁度良いのだろうとも。
虎徹がポタージュを啜っている間に、ライアンはさっさとメインのサンドイッチに齧り付いた。それはみるみるうちになくなり、イイ食べっぷりに虎徹は感嘆の息を吐く。

「そーいや、お前ってああいうのがタイプなのか」
「そそ、もうちょータイプ。ドンピシャ。可愛いより美人で、クールで、有能で。性格はそう、大人しいよりちょっとはねっかえりくらいの方がイイ」

そういえば、とサラダを突きながらライアンがとぼけたように言う。

「ジュニア君もそんなだな」
「……おま」
「冗談ジョーダン!だいたいさぁ、そんなのしてるのに手ェ出すほど、野暮じゃねぇっつの」

ライアンがフォークで指す先にあるのは永遠の愛のしるし――シンプルなシルバーのエンゲージリングが、ややくすんだ光を携えている。
虎徹本人は、フォークの先を見て「あ」と小さく声を上げた。ライアンが怪訝そうに眉を顰めると、左手を持ち上げる。

「勘違いしてるみてぇだけど、これはバニーとのじゃねぇぞ」
「は……!?」

思わず、ライアンのフォークがプレートへ落ちる。カラァン、とやけに澄んだ音が響いた。

「……もう随分前にあっち行っちまった。10年以上前だ」
「……」
「間に子供も一人いる。楓って言ってな……お前も見たことある筈だ。ちゃんとカミングアウトも済んでる」
「まじかよ……」

バーナビーがデビューした頃にはもうロートルヒーローと言われていた虎徹の歳からすれば、ありえない話ではない。が、ライアンには不器用なほどまっすぐに映るこの男が、あの相棒以外に永遠の愛を囁いたことがあるとはにわかに信じがたかった。
唖然とするライアンに、虎徹は笑う。それはきっと、バーナビーや娘に向けているものなのだろうとライアンは思った。

「バニーとの間に、かたちに残るものはなーんもねぇんだ。この指輪を外そうとしたら、止められたしな。僕は貴方の奥さんになりたい訳じゃないんです……って泣きそうな顔で言って」
「……」
「楓にもごめんなさい、って頭下げてさ。なんかすげー悪いことをしてる気分になった。でも、俺もバニーもヒーローとしての相棒なんかじゃ、満足できなくなっちまったから。勿論俺も頭下げに行ったよ。バニーのご両親の墓にも、友恵にも」
「わり、俺……」
「いいんだよ気にすんなって。なんかメシ食い辛くなる話で悪かったな」

明るい声で謝罪をしながら、虎徹はサンドイッチに齧り付いた。バジルマヨネーズのソースの味は、まだ小さなパン屋だった頃と変わらない。
2人は、無言でランチを口に運ぶ。彼らには少し足りないそれは、するりと消えていく。

「……オッサン」
「ん?」

プレートを避けて肘をついたライアンが呟く。

「やっぱジュニア君にはアンタしかいねーわ」
「……?そりゃどうも?」
「俺も……」

どこか寂しそうな顔をするライアンに、虎徹は手を伸ばす。そのまま整髪料で整えられた髪の毛をぐしゃりと撫でた。

「大丈夫だよ、お前なら」
「それの根拠は?」
「俺の勘!」
「うっわ、信じられねぇ」

けらけらとライアンが笑う。
ふい、と虎徹がバーナビー達がいる方向を見ると、もう誰も座っていない。その代わり、階段を上ってくる足音がした。

「――帰りますよ!2人とも!」
「っだ!バニー!?」

バーナビーとアンドリューが階段から姿を現す。

「2人とも、声が大きいんですよ!」
「ライアン」

後ろのアンドリューがライアンを見つめている。

「アンディ、楽しかった?」
「はい」
「ん、俺も。でもさ、やっぱりオッサンよりアンディが良いからこれからデートしよ?」
「……はい」

ライアンは立ち上がってアンドリューの手を取る。
それを虎徹とバーナビーは嬉しそうに眺めていた。







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