白黒的絡繰機譚

Jサウンドで朝が来る

朝起きると、ベッドの中は決まって俺一人になっている。
夜ゲストルームの扉を挟んでの攻防を経て連れ込んだマイスゥィートは、何時だって起き上がった後。言っとくけど、別に俺が寝汚い訳じゃあない。単にアイツが早いだけだ。今だって目覚まし時計のちゃちぃアラームが鳴るよりも、30分ほど早い。二度寝したって良いんだが、一人寝はつまらないだろ。
朝のだっるい身体を更に重くする事実に口を尖らせつつ、俺は足元の方に畳まれていたナイトガウンを引っかけて、スリッパも履かずに廊下に出る。人気がないから、少しだけ寒い。
リビングの方を覗いてみるが、電気はついていない。アイツが外に行ってるはずはないから、とゲストルームの方を見ると、案の定磨りガラス越しにぼんやりと明かりが点いている。ずるずると近寄って、そっとノブを捻った。扉が静かに開いて、そして。

「朝っぱらから、何してんの……?」
「……、おはようございます」

ゲストルームにあるのは、ベッドとクローゼット、それにデスク&チェアの最低限。ベッドのシーツは皺ひとつない、未使用のまま。じゃあマイスゥィートはどこにいたかって言うと、答えは簡単、デスクだ。揃いの黒檀のチェアに座った姿は、姿勢が良いからまあ見栄えもそこそこ。顔は元々綺麗だしな。でも目元はわりとしっかり隈が残ってる。……あれ、隈?

「なあ」

扉を閉めて、デスクの上に座る。適当に載ってた紙の束を床に落としたから、睨まれた。良いじゃん別に。

「何時から起きてんの」
「2時間ほど前からです」
「……アンタの髪、白髪だったっけ?」

ジジイじゃねぇんだから、って起床時間だろそれ。だって今、日の出から1時間ってとこだぜ?

「違います。失礼な」
「冗談に決まってんだろ。で、何してんの」
「見た通りです」

見た通り。うん、そうね。見た通りだろうな。レポートと資料を印刷した紙と、愛用のタブレット、そして外付けキーボード。
それって俺がアンタにあげた仕事だけどさ、別に今やる必要なんてどこにもなくね?急いでないし、遅れてる訳でもない。

「この時間からやることじゃないっしょ?2時間前からさ」
「……まあ、そうかもしれませんが」
「しかもそんな隈あるのに、なんで」

眼鏡の隙間から指を入れて撫でる。ああ、これ完全に癖になってるヤツだな。

「いけませんか」
「いけませんか、じゃねぇだろこれ。寝ろよ」

まだ握ってたタブレットを奪い取って、ぽいとほおる。イイ具合に枕に着地した。流石俺様。

「眠くないです、から」
「んな隈作っといて説得力ねぇよ」
「隈はありますけど、本当に眠くないんです。ずっと昔から、これくらいしか……」
「……」

ああ、ヤダヤダ。アンタのその表情だけは、俺様嫌いだわ。
昔から、なんて言葉使うなよ。それってつまり、アンタの人生の殆どを捧げてきた復讐ってやつの所為だって事じゃねぇか。その言葉を聞くと、ヒーローなんて職業と自分の力がちっとも及ばない、重力なんてもんじゃどうしようもないものの事、すげー思い知らされるんだ。

「……もう、いいから」
「あ、待って。千切れ」
「は?」

ぐい、と俺が引っ張ったのは左腕。その反対側の、更に上。右耳から伸びる、何か。その先を目線で辿ると、デスクの下に古ぼけたジュークボックスが、あった。

「え、何これ」
「貴方が買ったんでしょう」
「そだっけ?」

ぐるん、と記憶を掘り起こす。……ああ、そうだ、この国に来てすぐだった。コイツの腕を引いて見つけた露店の立ち並ぶ小道の中、ふと目を惹かれて衝動買いしたそれ。俺の財布にはカードなら何枚でも入ってたけど、ここで使える現金がないままで、溜息を吐いたコイツの財布から出してもらった。そうだ、それだ。配達を頼んだけど、俺が受け取った記憶のないジュークボックスは、いつの間にかここに設置されていたらしい。何で黙ってんだか。多分俺が忘れてるからそのままにしてたんだろう。どうせ言われてても「ふーん」で終わっただろうしな。

「……あー、なんか思い出した。てかそんなん聞く趣味あったか?」
「趣味……ではないです。ただ、少しくらい音がする方が、手が進むので」
「……」

外されたイヤホンから、ぼそぼそと音が漏れている。多分この国の歌手が何か歌ってんだろう。
それは今どうでもいい事だけど、なんかすげームカついた。寝起きだからだろうか。それともコイツが寝ないから?それともただ、隣にいなかったから?……駄目だ、考えるのは面倒くさい。何でもいい。多分後で気がつくだろ。

「アンディ」

デスクの下に入り込んで、ジュークボックスのコンセントを引っこ抜く。そして小脇に抱える。本当はコイツも担ぎ上げてやろうかと思ったけど、そしたら扉が開けれねぇ事に気がついたので手を引いた。
そのまま寝室に入って、ベッドサイドのコンセントにぶっ刺して、スイッチ入れる。ざりざりとしたアナログな雑音と一緒に、ピアノラインが流れる。それを少し聞いてから、ベッドの空いたスペースを叩いた。

「ん」
「……俺、もう着替えてますけど」
「いいから」
「ラジオ、うるさいんじゃないですか」
「いいから!」
「……」

ただ、聞いた事のない歌が流れている。嫌いじゃない歌だ。声が止まって、ピアノのメロディだけになった頃、諦めた様に隣に入ってきた。俺は次こそ逃がさないと、腰に腕を回して、そのままシーツに潜る。

「まだ、そうですね……ギリギリまでとしたら、1時間は寝れますけど」

どうします、と言って俺の髪に触った。最近分かった事だが、コイツは割と俺の前髪を触るのが好きらしい。普段セットしてるからかね。

「……俺は、寝るから」
「はい」
「起こせよ」

どうせ俺がこうやって抱きしめたって、今のアンタは寝れないんだろう。愛の力、なんてもので治る事がないってのは、他の事例で把握済みだ。だから、今すぐとは言わない。俺が寝たらヒマだろうから、ラジオでも何でも聞いとけばいい。ただ、少しずつ、1分でもいいから、アンタが寝れる様になったらいい。隈なんてつかなくなればいい。
瞼を閉じる。もう一回「寝ろよ」と声をかけてみる。

「……明日からは、頑張ってみます」

なら、許す。







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