Lサイズの理由
「甘いモン」「特に」
「辛いのは?ヘーキ?」
「人並み程度には」
「じゃあ好き?」
「特に」
「酸っぱいの、それに苦いのは?」
「どちらも、特に」
はあ、と俺は溜息を吐いた。どこかで聞いた「これは酷い」って言葉はきっとこういう時に使うんだな、新発見。
「アンタ、今まで何食ってきたんだよ」
一体俺が何したっていうんだよ?目の前に座る、専属秘書(予定)にメニュー渡して「何食いたい?」って聞いただけでどうしてこんなに疲れるんだ?俺様ハラ減ったんですけど。
寂れたホテル崩れの1Fのレストランなんて、カビが生えそうなお決まりの、しかもあんまり旨そうじゃないメニューしかないが、他に選択肢はない。こちとらまだまだツーリングは終わらないし、身体も動かした後だから、食っとかなくちゃな、とコイツを支えてやって来たのがついさっき。んで、聞いた結果がアレ。甘いモンも辛いモンもどれもこれも何でも良くて、食べたいもんもないし、拘りもない。
「出されたものを頂いてきました」
「いや、ムショの中じゃなくて、その前」
「栄養補助食品を中心に」
「……アンタさ、マジで人間?」
赤ん坊だって、好きなモンと嫌いなモンはある。なんだって食う、って言う奴だって、優先順位くらいある。俺だってそうだ。アンタの事は機械的な美人だとは思ってたよ、最初から。でも、こんな意味じゃない。
なあ、アンタの中に抱えているモン、まだ吐き出し切れてねぇの?――なんて思っちまうのは、あの事件の理由を知ってるからなんだろうな。あと、俺がアンタに惚れてるから。
「人間です。ちゃんと」
「別にマジで言ってる訳じゃねーっての。……まあイイや。とりあえず俺と一緒なモンな?」
こっくり頷くのを見ながら、カウンターに向かって大声を上げた。
おいちゃんと作ってんのか?って聞きたくなる程待たされた挙句運ばれてきたのは、冷凍を温めましたってだけのミックスピザが2枚。まあそんなこったろうと分かってたから、文句は別にない。こういうのってすぐ冷めちまうから、さっさと食わねぇと。味気ねぇチーズと、硬い生地。申し訳程度のサラミとパプリカ。チャチなもんだが、腹に入れば全部同じだ。あーあ、うめぇピザが食いたいね。出来れば生ハム使ったのがイイ。オリーブもがっつり載ってると更にイイ。
こういうジャンクな食い物は、食う時間も短いが、腹に溜まってる時間も同じくらい短い。ツーリングの為の腹ごしらえにはあんまり向いてないんだが、まあ他にマシそうなものなかったから仕方ねぇ。あんまり好きじゃねぇんだけど、自販機にあったカロリービスケットも後で買うか、なんて考えてるうちに俺の皿は空。チーズの一滴すら残らない。ったく、この値段だったらもっとデカいの出してくれてもいいんじゃね?
「……あれ」
夢中で食ってたから、ちっとも気がつかなかった。顔を上げると、やっぱりな無表情がそこにある。その手元、俺と同じ白い皿……の上は半分になったピザがある。けど、手はどうやら膝の上。
「食わねぇの」
「はい」
「……なんだ、食いモンに拘りあんじゃん」
ただ単に贅沢舌だったってだけ?なんだ心配してソンした……。
「違います。ただ単に……満腹なだけです」
「は?」
ピザのサイズは標準Mサイズ。それってガキでも一人で食おうと思えば、全然食えるサイズだ。俺が誘拐するようにシュテルンビルドから連れ出した男は、立派な成人男性に他ならない。ガキじゃないし、ダイエット中のめんどくさいオンナでもない。
「アンタまじで言ってんの?」
「俺は冗談は嫌いです」
「……」
何だこれ。流石の俺でも、これは未知の生物すぎる。いや、それで冷めるとかじゃねぇんだけど、それでもこれは、予想外ってレベルじゃない。
コイツは真面目に、一かけらも、メシを食うという行為に関する全ての事にきっと、興味がないんだ。
混乱する頭の中、それのどっかで冷静な声がする「復讐に生きるって、こんなにヤバいんだ」って。別に夢見てた訳じゃねぇけど、やっぱり現実って一発ヤればハッピーエンドって訳じゃない。それを痛感する。
「アンドリュー」
「はい」
「俺、何とかしてやるから」
「……はい?」
何かよく分からないけど「どうにかしてやりたい」ってすげぇ使命感にかられた。先に惚れた方が負け、とか何とか。うん、まあきっと、そういう事だ。
****
――さてそんな俺の決意から数年後、まさかガキもいないのに所謂『食育』的なアレに励むことになった俺の努力は、まあそれなりに実を結んだ。
何時の間にか、なんとなく俺たちの間でルールになったような事がいくつかある。
食事する時は出来るだけ一緒に。基本は向かい合う様に座るけど、テーブルの形状によっては隣り合って。
「アンディ」
呼んで、フォークを差し出す。刺さってるのはスモークサーモンが一切れとクリームチーズ。
「んぅ」
ひな鳥みたいに開けられた口ん中につっこんで、咀嚼するのを見守る。
「おいしい、です」
飲みこんだら、そうちゃんと言うように躾けてやったのは俺。とにかく俺が美味いと思うもん食わせて、これが美味いって事だよ、って教え込んだ。ほっとくと量食わねぇから、ある程度俺がこうやって突っ込んでやるようにした。食べる量は相変わらずだけど、なんとか食いてぇものの優先順位はつくようになった。あーあ、ここまでよくやったよ、俺。
それで面白い……つーか、ちゃんとコイツも人間だったんだなって思ったのは、俺が味を教えてやったのに、俺と同じ好みにはならなかった事だ。コイツは俺と違って肉より魚や豆で、噛みごたえのあるもんより柔らかいものが好き。チョコよりクリームの方が好きで、俺はあんまり好きじゃないレーズンも食う。デザートにアイスなんか食うと、好みがハッキリ出るのがこれまた面白い。俺はラムレーズンなんて食うアンディが信じらんねぇんだけど、アンディからすれば「チョコミントは、どうかと思います」だそうだ。
恐らくは元々そういう好みがあったのに、本人が忘れてただけじゃないんだろうか、なんて思うけど、本人が分かんねぇまんまだから、正しい答えは未だ不明のままだ。
「じゃあ、俺にも」
あ、と口を開けると、一瞬嫌そうな顔をして(される方は平気な癖に、何が嫌なんだかさっぱり分からねぇ)それから、少し考えてテーブルロールをちぎった。
「どうぞ」
指ごと噛んでやったら、流石に怒られた。