wandering,security,and home
※18禁描写有り※
傷害、建造物等損壊、そして殺人未遂。
ヴィルギル・ディングフェルダー、本名アンドリュー・スコットがシュテルンビルドで犯した犯罪につけられた罪状の名前はそんな簡素なものだった。
一連の事件で死者がいなかった事や犯行動機、更にはまとめていた不正取引脱税その他に関する情報のお陰で、課された懲役期間は覚悟していたものよりもずっと短く、執行猶予を含めても指で足りる程度に収まった。むしろそれで済んでしまう事に、アンドリューは酷く戸惑った。人生をかけた復讐劇とは、いったい何だったのだろうと。
「それを決めるのは、今後の貴方ですよ」
アンドリューにそう優しく言ってくれたのは、自身と重ね合わせていたヒーローだった。彼、バーナビーは事件の後も、何かとアンドリューを気にかけてくれた。それが嬉しくて申し訳なくて、アンドリューはいつも泣きそうな酷い顔をしながら面会に応じていた。
刑務所の中で淡々と日々を過ごして幾年かが過ぎた。真っ直ぐにヒーローとして走り続けるバーナビーは、それでもやはりアンドリューに数ヶ月に一度は会いに来てくれた。会うたびにバーナビーは例えば服装だったり髪型だったりと言った外見的な事から、言動などの内面的な事まで少しずつ変化していっている事が見て取れた。バーナビーと向き合う事は嫌ではない筈なのに、やはりあの父を失った日からちっとも前に進めていない自身を思い知らされるようで辛かった。
「来月ですね」
「ええ……」
来月、アンドリューはこの刑務所を後にする。何をしたいとも何をするべきとも分からないが、戻る。実感の湧かない事実だけがそこにあった。
「何かしたい事とか、そういうのは」
「特には……やはりまだ、分からなくて」
「何時でも相談に乗りますし、なんならアテだって」
「バーナビーさん、ありがたいですが貴方にそこまでしていただく訳には」
アンドリューは顔を伏せる。やはり嬉しくて、でも泣きそうな気持ちになった。そんなアンドリューにバーナビーは何も言わない。無言のまま時間だけが流れていき、最後に面会時間の終わりを告げる淡々とした看守の声だけが残る。
「来月、また来ます」
「……ありがとうございました」
深々と頭を垂れ続けるアンドリューを残して、バーナビーは立ち上がると、ゆっくり面会室を後にした。
そして1ヵ月という時間はあっという間に流れ、アンドリューが出所するその日がやって来た。
「お世話になりました」
「二度と来るなよ」
「はい」
看守達に頭を下げ、少ない荷物の収まったボストンバック一つを抱えて門をくぐる。その向こうには、先月の宣言通り彼が立っていた。アンドリューが会釈をするとにっこりと笑った。
「わざわざ来て頂いて、ありがとうございます」
「僕が来たくて来てるんです。気にしないで」
とは言っても、このシュテルンビルトのスーパーヒーローに出迎えてもらって気にしない人間は早々いないだろう、とアンドリューは思った。相棒のワイルドタイガーと共に1部リーグに復帰した彼の活躍ぶりは、刑務所の中でも話題になる程だった。アンドリュー自身も、彼らの活躍に一喜一憂していた一人だ。
「とりあえずどこかでランチでもどうですか?それから色々買い出しなど」
「そんな、俺は」
「遠慮しないでください。ちゃんと荷物持ちも用意してますから。……案の定の寝坊で、今いませんけど」
バーナビーが大げさに肩をすくめるので、ヴィルギルはほんの少し口元を緩めた。明言されなくとも荷物持ちが誰なのかは明白だ。きっと精一杯アクセルを踏んでこちらを目指しているのだろう姿がありありと想像できる。
「……っと、遅れちまったか」
ウォォン、とバイクの唸り声がしたかと思うと、バーナビーとアンドリューの間には目が眩む位の金色が溢れていた。
「ライアン?!貴方どうして……」
とうの昔にシュテルンビルドを去った筈のヒーロー、ゴールデンライアンことライアン・ゴールドスミス。その彼が一人、黒いライダースジャケットをはためかせロンリーチェイサーに乗っていた。サングラスを外すと、ライムグリーンの瞳が真っ直ぐにアンドリューを射抜く。
「よう、久しぶりだなヴィルギル……いや、アンドリューさんよ」
「あ、……えっ」
何か返事をするより早くふわり、とアンドリューの身体が宙に浮く。そして腕の中の荷物ごと、ライアンの膝の上へと納まった。きょとん、としてアンドリューが見上げると、お決まりの笑顔を浮かべている。
「ライアン!?」
「悪いな、ジュニア君。また今度ゆっくり話そうぜ!」
あっけにとられているバーナビーを置いて、バイクは走り出す。彼の姿が見えなくなるまで、ほんの数秒しかかからなかった。
「――っ、おろし、てくださっ」
「ん?そりゃー無理だな。ここ高速だぜ?」
そういう意味ではなく、と言おうとしたが、身体を揺らした瞬間にそのまま落下してしまいそうになり、冷や汗と共に言葉を飲み込んだ。
「とりあえずちゃんと捕まっときな?シュテルンビルド出るまで全速力で行くから、油断してると落っこちるぜ!」
そう言って本当に速度を上げるので、アンドリューは彼の胸に頭を預けて抱きつく。恐らく本革だろうライダースジャケットに包まれた胸は酷く温かく、そして優しい。
「貴方、どうしてっ」
「――シュテルンビルドには綺麗にお別れしたつもりでいたのに、アンタの事ずっと引っかかってた」
トラックの横、スポーツカーの前、バイクの隣をすり抜け、チェイサーの速度はどんどん上がっていく。
「だからジュニア君から出所の事聞いた時、もう一度来るしかねぇって思って、んで今日だ。アンタ見た瞬間に分かったよ」
ウゥウン、とバイクが唸りを上げた。びりびりと振動が身体に伝わって、思わずライアンに縋る手に力が入る。アンドリューの視界の端でライアンの口角が吊り上がる。
「――俺様はアンタに惚れてるんだって!」
更にバイクが加速する。身体を包む風の音がとてもうるさいのに、ライアンの言葉だけは何にも遮られる事なくアンドリューの耳へ届いた。
延々とバイクを走らせて辿りついたのは、セルフガソリンスタンドに寄り添うように建つ古びたホテルだった。大型トラックの運転手を主な客層としているそこは、何よりも駐車場が広い。まだ日が高いので駐車場は空だ。
ようやく膝の上から解放されたアンドリューが全身の砂埃を叩いている間に、ライアンはさっさとフロントで部屋を手配していた。人差し指にキーを引っかけ、ぐるぐると回している。
「そんな汚れてねぇから」
「……気持ちの問題です」
けらけら笑うライアンの後に続いて、ホテルの階段を上る。ところどころタイルが剥げた階段は、上るごとにくらくらと揺れているような気がした。
「っと、ここだな」
415、と錆びかけたドアプレートの付いた扉を開ける。すすけたカーペットの床、左手にはバスルームに続く扉、これまたすすけたソファとテーブル、そしてダブルサイズのベッドが一つだけの簡素な部屋だった。
それらを認識して、おや、とアンドリューは首を捻る。
「一つ、ですか?」
そうアンドリューが聞くと、さっさとベッドに腰掛けていたライアンは一瞬驚いたような表情をし、そして豪快に笑った。
「今更、それ聞く?こんな中途半端な時間に行きずりでホテル取ってさ、さっきの俺の告白、ちゃんと聞いてたっしょ?」
「そ、それは」
確かに言われたらそうかもしれない。だが、アンドリューにはまだ、自分がそういう対象として認識されている実感が湧かなかった。
「大丈夫、アンタは絶対俺に惚れるから」
何が一体大丈夫なのか、と反論する前に頬を温かい掌が撫ぜた。
「おいで、アンディ」
酷く柔らかい声色に促されるまま、アンドリューは抱えていた荷物をほおり出して身を任せる事にした。
触れ合わせた唇は二人とも長いツーリングによってカサカサに乾いていた。それを補うように舌を絡めて、じっとりと濡らしていく様は酷くまだるっこしく感じられた。
もう良いか、とライアンが服の裾から掌を侵入させれば、ひくり、とアンドリューの身体が震えた。
「もしかして……アンタ、初めて?」
「……いけませんか」
「全然?てかあのおっさんに食われてるんだとばっかり思ってた」
「どうしてそうなるんです」
「だってどう見たってあのおっさん、愛人を秘書に置くような趣味してるっぽいし。それにジャケット、同じブランドだったろ?」
男が服を贈るのはそれを脱がせたいからだ、と最初に聞いたのは、一体どんなメロドラマだったか。
「……あの男の好色ぶりは否定しませんが、俺はそういう対象ではなかったですよ。と言うか、あの男はそういう感情めいたものをビジネスに関わらせるのを酷く嫌がっていた」
シュナイダーという男は、愛想も媚も、笑顔さえも嫌っていた。その理由はとても単純だ、シュナイダー自身がそれを武器としていたから。愛想と媚と笑顔を振りまく人間は信用ならないと、アンドリューは彼の横で嫌と言うほど思い知った。
「ふぅん。信じらんねぇ」
アンタみたいなの横に置いといて、手ェ出さないなんて。
そんな囁きがアンドリューの耳にねじ込まれる。耳に触れた唇が、酷く熱く感じられた。そのままれろり、と舌が耳を撫ぜた。
「あ……っ」
「イイ。イイ声だ……抑えるなよ?」
囁きつつ、ライアンの手が脇腹を弄り、そのままスラックスへとかかる。
こういう時、自分もそうするべきなのか、とアンドリューは一瞬腕を迷わせたが、結局触れる程度にライアンの肩へ置く事にした。どうせ経験がない自分だ、すべて任せればいい。
力が抜けたアンドリューに気を良くでもしたのか、ライアンは頬に軽く口付けると、一気にスラックスを引き下ろした。
「……っ」
ぶわ、と今更に羞恥が全身を駆け巡る。普段から顔が青白いと言われるアンドリューだが、日に焼けていない脚はそれ以上だ。静脈が透けるばかりの青い脚を割ってライアンが身体をねじ込む。そのまま顔を胸に埋め、更に片手は布越しに急所へ血液を集めるような動きをする。他人にそういう意図を持って触れられる事が初めてのアンドリューは、ただひたすら湧き上がる声を抑える為に自身の手の甲を噛む。
「だから抑えんなって」
「そ、な事……言われて、も」
こんな声、誰かに聞かせたいと思う訳がない。聞いたとしても、耳障りに違いない。そうアンドリューは思うのに、更に強く噛もうとした手の甲はシーツに縫い止められてしまう。
「駄目駄目。ぜーんぶ、聞かせてもらうから……」
「や、っ……あぁ、う、あん……っ」
緩く立ち上がってきたものを、早く達してしまえという風にやや乱暴に梳かれる。舌は同時に胸の飾りを攻めてきていて、そんな所感じる訳がないと言ってやりたいのに、口から出るのは言葉の断片の甲高い声ばかりだ。
じんわりと布地が濡れはじめると、それすらもするりと奪われる。足を閉じて隠してしまいたいのに、両足の間の身体がそれを許さない。そのまま抵抗も出来ず、ただただライアンの手に委ねるばかりだ。
「あ、やめ、もう」
「イきそう?」
こくこくと頷くと、にんまりと笑う。目を見開くと、楽しそうな顔をしてるのがよく分かった。
「良いぜ、一回イっときな」
性急な手の動きに、更にざらりとした舌の感触が加わる。
「い、あー……っ、ああっ!!」
それに耐えきれずアンドリューは絶頂を迎えた。ちかちかと五月蝿い視界に耐え切れず目を閉じていると、吐きだした白濁をまとわりつかせるような指の動きを感じた。
「……?なに、を」
「何を、ってアンタ自分だけイって終わりだなんてそりゃないっしょ?」
でも、と言いかけて目を開いた瞬間、ライアンの白濁を纏った指が後ろに当たる。
「え。……そんな、無理」
「大丈夫大丈夫。しーっかり慣らしてやるから……」
そのままずぶり、と指が侵入する。ただひたすらに異物感があった。
「うぅ……」
ゆっくり、中をなぞるように指が動く。しっかり、と言った通りに、その動きは優しく、けれども確実にアンドリューの中を変えていこうとする動きだった。
一本、また一本と指が増やされ、三本の指が入るようになった頃、ライアンが息を吐いた。
「――俺様もさ、流石にもう我慢できねーわ……」
体内を蹂躙し続けていた指が引き抜かれ、熱いものが宛がわれる。ひゅ、とアンドリューの喉が鳴ったのをどう取ったのか、ぎち、と嫌な音を立ててそれが侵入を開始した。
「……っは!きっつ……」
こっちはキツいなんてもんじゃない、と文句を言いたくとも、アンドリューの声帯は機能しない。それどころではない圧迫感と痛みが身体を支配して、脂汗と涙ばかりが吹き出す。頬をシーツに擦り付けると、いい加減邪魔になった眼鏡のフレームが軋みそうになる。すると、伸びてきたライアンの手がそれを取り、更には目尻に溜まった涙を拭い去る。
「ほら、息吐けっ、て」
「っはー……、う、あ」
切羽詰まった声で促されるままに何とか息を吐くと、その隙にとばかりに体内の異物が更に深く入り込む。ぼやけた視界に映るのは、余裕のない顔をした金色だ。
「ああ、すげー……キッツイけど、すげー、イイ」
ライアンが動く度にぎち、ぐちゃ、と音がする。痛いばかりのはずなのに、どこか気持ち良いと思ってしまう自身にアンドリューはまるで他人事のように感心する。ライアンの肩に添えた指に力がこもる。
「ああ……っ、らいあ、……」
「もっと、もっと呼んで。な、アンディ」
「らいあん、……っ、らいあん」
神経が、身体が焼き切れそうに熱い。視界は滲むばかりで役に立たない。
それでも、――それでも、最後に必死に頬に両手を添えて自分の唇に近づけたところまでは、何とかアンドリューも覚えている。
****
それから何年かの月日が流れて、アンドリューは再びシュテルンビルドの地に足を踏み入れた。聞いた事も無い国や島に行って、見た事も無いものや人と触れ合い、復讐しか考えてこなかった20年余りの月日が随分と遠くに感じられるほどの経験をしてきた。
けれども、こうやって空港に降り立ち一息すれば、直ぐに馴染む。この都市の空気は変わらない。
「懐かしい」
アンドリューが相変わらず少ない荷物を入れた小さなキャリーケースを引きながらそう呟くと、隣に歩く男がサングラスを押し上げて不思議そうな顔をする。
「懐かしい?ここには嫌な思い出の方が多いんじゃねぇの」
「そうですが、それでもここは俺の故郷だ。貴方だって、そういう事を思ったりするでしょう?ライアン」
アンドリューは出所したあの日からずっと、このさすらいの重力王子の専属秘書として働いている。勝手に殆ど決まりきった移籍契約を持ってきて、後は任せたと丸投げされた事は数しれず。後始末や準備に追われている姿は、契約スポンサーからも同情の眼差しを向けられる始末だ。
それでも、アンドリューはライアンと一緒にさすらう事を止めなかった。絆された……とでも言ってしまったら良いのだろうか、どう理由を並べ立てたとしても、結局はそういう事だろうと思う。愛しているかと問われてもきっと答えられはしないが、それでもアンドリューはライアンを唯一の存在なのだと認識している。そのような事を言うと、この獅子は「まだ俺に惚れたって言えないわけ?」とのたまうのだが。
「そういうもんかね。俺には分かんねぇや」
「そうですか」
「んでも、アンタが思うなら来ても良いな、くらいは思うぜ」
「……」
片眉を上げて睨みつけると、ライアンは肩をすくめる。
「お久しぶりです、ライアン、アンドリュー」
ゲートをくぐると、あの日と同じように彼が立っていた。少し髪が短くなったもののそれ以外は殆ど変化がない、三十路に入っているとは思えない若々しさだ。テレビやネットで二人揃ってずっと追ってはいたものの、それでも圧倒されるものがある。
「お久しぶりです、バーナビーさん」
「よう、ジュニア君。相変わらずだな」
ライアンがバーナビーの肩を叩く。
「そちらこそ、相変わらず流離っているようで。……でも、貴方が個人秘書を抱えるなんて驚きました」
「そう?」
「ええ。そしてアンドリュー、貴方がその個人秘書になる事も」
「……はい」
確かに、恐らく誰も――ライアン以外、想像もしなかっただろう。そもそも、アンドリューはこうやって自分が生きている事すら想像の範疇を超えている事実だ。
「長いフライトでお疲れでしょう。ホテルは取ってるんでしょう?送ります」
「いや、俺らは俺らで行くから」
「わざわざタクシーを頼むんです?別に荷物と貴方達くらい……」
「違う違う、移動は俺様のバイクって決めてんの」
ちゃんと持ってきてるし、とライアンが告げると、バーナビーは随分とびっくりしたようだった。
「ああ……だから髪の毛、セットするの止めたんですね」
バーナビーが納得したように呟く。アンドリューの左右へ分けられた前髪は、以前と違い耳にかけられることもなくふわりと輪郭を覆っている。
「ええ、バイクで走るとすぐ乱れてしまうので、止めました」
「それにこの方が可愛いだろ?ジュニア君」
「その形容詞は不愉快だと言っているじゃないですか」
「仲が良いですね」
感心したようにバーナビーが呟く。
「そりゃーそうだろ」
「あんまりビジネスライクには見えませんね。意外だ」
「……ジュニアくんマジ鈍いんだな」
「なっ……、そういうなら、しっかり説明してください」
んん、とライアンは顎に手を当てて数秒考えると、アンドリューの肩を抱き寄せて言った。
「そうだな。……あのアライグマにとってのジュニア君と一緒だよ」
「は?」
「……ライアン!」
肩どころか腰まで抱こうとした腕を払って名を叫ぶと、おどけて傷ついたようなフリをする。バーナビーはというとそんな二人を見てもまだよく分かっていない様で、曖昧な笑みを浮かべている。
「ま、帰ってからアライグマに聞けよ」
しっかりじっくり、教えてくれるだろうよ。
そう言って手を振ると、ライアンはアンドリューの手を引いて歩き出す。
「――またゆっくりと、話をしましょう、バーナビーさん!」
そう言ってこの街のヒーローに向けた笑顔は、とても晴れやかだった。