白黒的絡繰機譚

着地地点は、

多分、俺はこれ以上の衝撃を受けた事もなければ、これから受ける事もないだろう。
それ位、俺にとっては衝撃的過ぎたんだ。

「……あー、悪い。もう一回言ってくれ」
「別にその必要は無いと思いますけど。返事が欲しい訳ではありませんしね」
「そう、か……」

衝撃を与えてきた本人は、普段と変わらずムカつくくらい冷静だ。
だから一瞬嘘かとも思ったが、流石にコイツはそこまで性質の悪い嘘を(最低でも俺には)吐いたりはしない。スターにはある意味そういうのをやってるがまあ、スター相手だからそんなもんだ。
ということは。……ああ、そういうことか。

「驚きました?」

涼しい顔に浮かべる微笑。顔の造形が良いのもあって、なんともまあ絵画のよう。
ま、中身を知ってりゃ、そんな事はごく一部の奴以外言えないだろうが。

「アレに驚かない奴がいたら見てみたいね。さらっと言いやがって」
「驚いた理由はそれだけですか?」

……それだけ?
時々、俺にはコイツ――クリスタルの言う事がよく分からない。
けれど、言われてみれば確かにそれだけではないのかもしれない、と思えてくるようなところがある。占い師様の技なのかね。

『好き、愛してるんです。貴方の事を誰よりも』

いつものトーンで、いつものように言われたその言葉。
コイツ自身の事は嫌いじゃない、寧ろ好きだと言っていいだろう。けれど、それは家族だとか友人だとか、そういう存在に抱く感情としか思えない
そして、お互いにそうだと信じ切っていたからこそ、あの発言に驚いたんだ。

「……なんというか、まさかお前にそういう事を言われるとは思わなくてな」

別にお前がそういう事にに興味があるとか無いとかという問題じゃなく、あったとしても言わないだろうと信じていたからだ。
そういう奴だから、と。

「ええ、ええ、そうでしょうね。鳩が豆鉄砲を食ったよう、とはこういう時に使う表現なのだと思いましたよ」
「しかしまあ……何でそんな大嘘を」

そう、大嘘だ。
最初こそあまりのことに信じかけたが、コイツの全身が嘘だと言っている。
きっと今も、マスクの下で唇が弧を描いているんだろう(そんな気がする)

「確かめたかったんです」
「何を」
「貴方が、そういう感情を持っていない相手から言われた場合、どういう反応をするのか、という事を」
「……意味が分からん」
「そういえば、彼の時は適当にはぐらかしたんですよね、確か」

話が突然変なところに飛んだ。彼、つまりアレの事か。

「ああ……まぁ……」
「でも私なら、はぐらかさなかったでしょう?」
「……多分な」

コイツ相手になら、きっと拒否して、謝った。
……そもそも、コイツはそういう結果なら、元から言ってなぞこないんだが。

「貴方の多分は、絶対でしょうね。つまり、そういう事なんですよ」

何が、何で、そういう事になるんだ?
やっぱり、コイツの言う事がよく分からない。

「……ジャイロ、貴方って時々ビックリするくらい鈍いですね。分からない、って顔に書いてありますよ」
「お前の言い方の問題だろ」

そう言えば、溜息を吐いてから、変に優しい――まるで保護者みたいな――目で俺を見ながら

「いい加減気がついて差し上げたら如何ですか。最初に拒否しなかった時点で、貴方は彼を受け入れているという事を」

なんて、言うんだ。
ああ、やっぱり意味が分からない。

「そんな訳」
「ない、と言い切れますか?愛されて当然、と思っている癖に」
「それは……」

だってそれは、アイツが、俺を好きだと言ったから。
最初の罵倒も、今の従順も、全てが全て、それが理由だと言うから。

「私は、貴方の事をよく分かっているつもりですよ。貴方は、誰彼構わず好かれれば嬉しい、という性格じゃないでしょう?」
「……」

言葉が出てこない。何か言ってしまえば、認めてしまいそうな気がして。
……あれ?

「納得していただけました?」

目の前で笑うのは、理解者。どこか似ていて、まるでそう、兄弟のよう。
……ああ、だからコイツと過ごすのが好きだったんだ、なんて今更思う。

「……クリスタル」
「何でしょう、ジャイロ」
「今すぐ来い、ってアイツに言ったら来ると思うか?」

こんな気分で今日を終えるなんて、俺には出来そうもない。お前の意地が悪くて、でも優しい行いを、無駄にしたくないから。

「ええ、絶対来るでしょうね」

今から少しだけ、らしくない事をしようかと、思う。







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