そう、それはまるで








おちるよう








まったく、どうしたことだろうか
今まで幾度となく繰り返した動作だ
もう、俺の訪問は眉を顰められることもなく、当たり前のように受け入れて頂いている
そんな環境だというのに、俺は一体どうしたというのだろう?


「…………」


人気が無いから良いものの、完全に不審者だ
此処まで来たものの、何故か今日は、インターホンを押す事が出来ない
……多分、自分で思っている以上に、この前のバブルの言葉が引っかかっているのだろう






『君は変わったよ。表面的にはとても丸くなった……でも、抑え込んでいる部分は一層残忍になった。君自身が、自覚している以上にね』






抑え込んでいる部分が残忍になった……そうバブルは言った
元々、優しい性質ではない事は良く分かっている
だが、俺の自覚以上にそうなのだとしたら……引き返すべきなのだ、今すぐに
……けれども、浅ましい事に俺の脚は動かず、ただひたすら立ちつくす事を選んでいる


「…………まったく、これだからバブルにバレたのかもな」


ロックマン以外が見えていない
まったくもってその通りだ
俺が自覚している以上に、身体も心も正直なのだろう
お前が……足りないんだ
だから、指を伸ばして、小さなボタンを押した


『……はい』


「お早う、俺だ」


『メタルマン、お早う』


小さなディスプレイの中で曇りなく微笑むお前は、俺の心を満たしてくれる


「もしや、まだ早かっただろうか。済まない」


映る姿は、まだ朝の名残を残すエプロン姿
本来の用途を果たしている、とてもお前らしい姿だ


『ううん、そんなことないよ。もう家の中の事は終わるところだったし』


「ということは、これから買い物か?ならば是非付き合わせてほしい」


『うーん……荷物持ちで良いのなら』


「お前の役に立てるのならば、荷物持ちも身に余る光栄だな」


『ありがとう。ちょっと待っててね。すぐ支度するから』


プツン、という音とともに映像は消えて、ただの濃い灰色となる
……ああ、早く映像ではないお前が、見たい








多分数値的には大したことのない、退屈で遅い時間が過ぎ去ると、見厭きるほど見つめた扉がゆっくりと開く


「メタルマン、待たせてごめんなさい」


少し急ぎ足で向かってくる姿は、先ほどの映像よりも俺を満たす
……けれど






『何か、足りない』






そんな言葉が、浮かんで消えた、その時、俺は


「……う、わ……っ?!」


手を引いて、抱きしめて、顎を持ち上げて、くちづけて、舌を絡ませて
自分でやったことながら、その動作には驚くほど淀みが無かった
口と身体を離すと……視界に入るのは「あの時」と同じ、悲しみに歪んだ顔


「ロックマン、俺は……」


……違う、だから、俺は、お前にそんな顔をさせたかったわけではないのに
悲しい思いをさせないと、約束したばかりだというのに
心の底から変わると、約束したばかりだというのに
大事なのは何よりもお前、お前が嫌がる事をするつもりなぞ、無かったというのに……!


「……っ!!」


向けられた背中に伸ばす指は、短くて届かない
……身体だけが熱いのに、心が氷のように冷えていく
脚はやはり、少しも動かない








『ほおら、踏み出すのは簡単だったろう?』








……どこかで、そんな笑い声が聞こえたような気がした





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