白黒的絡繰機譚

強引でも構わない

理解してしまえば、するべきことは限られていた。
受け入れてしまえば、それはとても馴染んだ。
それを欠いていた今までの方が不自然だったのではないかと疑うくらい、とても自然だった。
だから、するべきことは限られていたのだ。

「……ロックマン」

平和な、本当に退屈極まりない程平和な日だった。確かこのくらいの時間に出かけていくのを知っていた。いや、観察して知った。
普段と違うのは、俺がいたことだけだろう。名前を呼ぶと、武装していない小さな、細い身体が震えた。
俺を見る瞳は最初に対峙した時と変わらない強い光を宿しつつも、色々な感情が浮かんでは消えていくのが手を取るように分かった。
なんてことはない――つまりは、少々怖がられているのだ。
そう思うと、少しだけ可笑しくなる。今までのことを考えれば、このような状況になることなぞお互い想像もしてなかっただろう。
元々は世界の敵と世界の味方に分かれて戦っていたのだから。けれども、そんな過去は自分の行動を抑制する効果を持たない。

「ロックマン」

もう一度、名前を呼ぶ。
俺を見る瞳は相変わらず怯えを残してはいるが、少しずつ緩和されているようだ。

「……僕に何か……?」

半信半疑、といった様子の返事。一体、頭の中ではどんな計算を巡らせているのだろうか。

「ああ……。別に危害を加えようということではなく、俺の個人的な用事だ」

膝を折り、目線を合わせそう言うと、ロックマンはキョトンとした表情を浮かべる。
が、それは一瞬ですぐさまそれを引っ込め、表情を綻ばせた。本当に、ただの外見通りの少年のように。

「あ、ごめんなさい。その……僕に用事って……?」
「伝えておきたいことがある」
「伝えておきたいこと……?」

ロックマンには『伝えておきたいこと』見当がつかないらしい。……それは至極当然な反応だ。
自分だって、そんなことを伝えることになろうとは夢にも思わなかったのだから。

「そうだ。これからの為に、伝えておかなければならないことがある」

なるべく優しい言葉づかいを心がけて、ゆっくりと、怖がらせないように。戦闘用ロボットにあるまじき行いは、とにかく滑稽だ。だが、俺には理由がある。

「これから?」
「これから俺は……ロックマン、お前と敵同士としてではなく、俺個人として付き合っていきたいと思う」
「ホント?! 嬉しいよメタルマン。僕、敵同士じゃなく仲良くできたらいいなってずっと思ってたんだ……」

ロックマンは純粋に心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべる。
裏表のなさそうなその表情に……少しだけ、罪悪感を覚えた。

「ただ……残念なことにな、俺はお前が思っているように『仲良く』は出来そうにない」

だが残念ながら、お前の望む『仲良く』では満足できないんだ。

「え……? どうして……?」

笑顔が瞬く間に曇り、人間であれば涙を流す様な表情になる。
……そんな顔が見たいんじゃない。だが、きっとこれからもこんな顔を見るのだろう。
けれども、俺はもう戻れない。

「それは」

――口を覆うマスクを外す。これだけは面と向かい、己を曝け出して言うべきことだと思ったからだ。
だが、俺はお前のように笑えているだろうか。そもそも、そんな表情を作る機能は、ついていただろうか?

「俺が……ロックマン、お前を愛しているからだ」

理解してしまえば、するべきことは限られていた。諦めるか、諦めないで努力するか。
俺は迷うことなく後者を選んだ。

「……だからロックマン、覚悟してくれ」

俺は出来うる限り、精一杯の努力を持って、お前を手に入れよう。







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