白黒的絡繰機譚

あたたかいうで

ED後時間軸 幽霊馬乃介います

あたたかい気がした。
でもここは冷たい刑務所で、そんな訳があるはず無い。
カクン、と首が動いた拍子に目を開ける。ああ、寝てたのか俺。

「……珍しいの」

何も夢を見なかった。あの日――逮捕された日――から今まで、転寝だろうとなんだろうと見ない事は無かったのに。
馬乃介が俺を責める、あの夢を。

「……」

そういえば、と覚醒し始めた頭をゆっくり回転させながら考える。
さっきから首回りが変に温かい。まるでそう、誰かの腕があるかのように。勿論ここで、そんな事がある訳は無いんだけど。

「……!」

視界の端で何かが動く。まるで人間の指の様なものが見えた様な気がする。そんな訳がある筈も無いのに。
しかもその指に、見た事のある指輪があった、なんて事は絶対にある筈も無いのに。
そう、ある筈が無い。分かってるのに、確かめる事が出来ない。ちょっと下を向くだけ、若しくは振り向くだけで良いのに、それが出来ない。
つう、とこめかみを汗がつたう。すると、それを拭う様な動きの指が見えた。
ごくり、と唾を飲み込む。ああ、やっぱり何かがある。何かがいる。
拳を握りしめて息を吐くと、心臓が酷い音を立て始める。永遠の様な錯覚のそれをどれだけ聞いたか分からない。もう一度長く息を吐いて、ガリガリと音がしそうな動きで振り返った。

「――まの、すけ……」

最後に見た時と殆ど変らない姿。違うのは首に深々と刺さった小刀だけ。ずっと見ていた夢の中と同じ姿が、そこにはあった。
ひゅう、と喉から息が漏れる。俺のか。それとも。

「……あ、嫌だ。寄るな……!」

後ずさる。
古いコンクリートの壁を透かした姿は、動かない。
ただ半透明の血液が、どろりと床に落ちて消えただけだ。

「……」

馬乃介の姿をした何かは、何も言わずに俺を見つめる。反対側の壁にみっともなく縋る様にしてかろうじて立っている俺を、見下ろすようにして。

「……」

かたかたと震える身体を抱きしめる。目を逸らしたいのに、渇きそうな程に見開いたそれは、俺の意思を無視して動きもしない。
渇きすぎた目が、ぼろりと涙をこぼす。

「なんで」

お前は死んだのに。お前はいないのに。
それなのに、どうして。幽霊、なんている筈が無いのに、俺の目にはしっかりと生きてる筈のないお前の半透明の姿が映っている。
ぼろぼろと涙が流れ続ける。理由の分からないそれが、没個性な囚人服を濡らしていく。

「……」

ぱくぱくと馬乃介の口が動く。
――ああ、そうかそんなものが刺さってちゃあ声なんて出る訳が無い。
音も無く――足が無いんだから当たり前だ――歩いて俺との距離を埋めた馬乃介の右手が、俺の頬を拭う。
勿論それが俺の頬に本当に触れる訳は無くて、また涙が服を濡らしただけだった。
その事実に何故か傷ついたような顔をして、俺を見つめる。なあ、どうしてそんな顔するんだよ。夢と同じ顔をしてくれよ。

「……」

声の無い声が、多分俺を呼んだ。
抱きしめる様な動作で、半透明の身体が俺を包む。反射的に伸びた腕は、勿論それを突き抜けて空気に触れた。

「……何だよ。なんだよ……俺をどうしたいんだよ。殺すなり呪うなりなんなりすりゃいいだろ……」

それなのに、どうして、

「……」
「俺を恨んで、責めてくれよ馬乃介……」

もう触れられない腕が、記憶と同じくらい温かい様な気がするんだろうか。







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