白黒的絡繰機譚

月夜に変化

※18禁描写有り※

「素敵だわ。うっとりしちゃう」

まるで法螺話のように逃亡生活を語って聞かせてやった娼婦の名前は何だったか。アレの具合があんまりよくなかった事だけは、なんとなく覚えている。そんな女に、今は煙を吐きかけてやりたい気分だ。
――見ろよレディ、これがアンタの夢見たロマンティックさ。

奪った金を担いで逃げて、逃げた先で奪って走る。そんな生活も遂に蜂の巣で終わるのか、そう思った刹那に世界は変わった。札束は紙くずに、量産品の拳銃は一点物に、タバコなんてとっておきだ。
アメリカの地を二度と踏む事は叶わぬと分かったところで呆然とした俺の横で、ワイルドバンチ強盗団ボスはけらけらと笑っていた。それを見て、俺は観念するしかなかった。まあ、どうせ立ち止まってはいられないのだ。逃げ続けなければいけないのなら、大して違いはないのかもしれない。

「――にしてもなあ、バカじゃねぇの」
「あ?」

俺を見下ろしながら、相棒は首を傾げた。何がおかしいのか分からないといった顔だ。コイツは本当にバカだ。

「溜まってんなら女を抱けってんだよ。それか一人でヤれ、バカ」
「女なんかいねぇし、一人でなんかヤりたかねぇよ。だからさっさと抱けオラ」

強盗を成功させて、ハイになりつつも必死に逃げている最中、相棒はこうやって俺に自分を抱けと迫る事がしばしばあった。そんな趣味はねぇと突っぱねられる事を想定してか、迫る時は決まって月の反射する二丁拳銃を構えて行われる。生死との天秤にかけられれば、勿論どちらを取るかなんてのは明白だ。毎度構えた拳銃が落ちるまで我慢しようと思いつつ渋々事を進めるのだが、適当に切り上げられた事はない。この世界に来る前は、嫌な事に女を抱けた夜よりコイツに迫られた夜の方が多かったような気もする有様だ。

「嫌だ……と言ったら?」
「キッド、俺に逆らうのか?」

ぐり、と右の拳銃が額に当たる。どんな下手糞な娼婦……いや、そこらの娘だって、これよりマシな誘いが出来るだろうと思う。色気もなけりゃ、いじらしさも無い。あるのは只の欲だけだ。

「今更そんな気はねぇよ。だが、俺にする理由が分からねぇだけさ」
「理由? それこそ今更だ。俺がいて、お前がいて、それで十分じゃねぇか」

勝手に完結したらしい相棒は、もう待てないとばかりにリボンタイを緩ながら俺にキスをした。こんなにも煙草の臭いのしないキスなんてした事があっただろうか。強引に歯の隙間から舌をねじ込もうとするので、俺は観念して好きにさせることにした。まあ好きにさせるといっても、こんな前戯はコイツの目的じゃあない。ので、一通り俺の口の中を好きにすると、さっさと左手がベルトのバックルにかかる。

「ったく……」

俺が大きく溜息を吐いた所で、いちいち気にするような性格ではないのはとうに知っている。天を見上げたまま、ベルトが引き抜かれるのと、外気に触れた部分に指と鉄が当たるのを感じた。

「……ん」

ぴちゃ、と小さく水音がする。
何回目だったか、気持ち悪くはないのかと聞いた事があった。その時コイツはきょとんとしたバカ面をしたのを覚えている。何を聞かれているのか、ちっとも分からないという顔だった。

「毎回よく、やるよ」
「だってお前が勃たないとヤれないだろ」
「誰がお前で勃つか」
「だから、毎回、ちゃんと勃たせてやってんだろ」
「俺は毎度、咥えながらも拳銃を離さないお前を凄いと思ってるよ」

だろう、とでも言う風に相棒は俺を見上げ、そして舌を出して見せつけるようにして舐めはじめた。添えてある指には勿論引き金が引っかかっている。冷たい鉄が当たっていても、まあ好き勝手やられればそれなりになる。恐らく何だかんだ言うものの、コイツは多分ここも全部楽しんでいるだと俺は知っている。そして相棒も俺が知っている事を知っている。その事実になんとなくざわついて、相棒の髪の毛に手を添えた。一瞬動きが止まって、そしてそれまで以上に激しくなる。ああ全く、分かり易い。

「――さあて本番だ」

嬉しそうに相棒が笑う。見せつける様な笑みとポーズ。まだ指には拳銃が引っかかっている。あと数分もすれば、その拳銃は地に落ちて、見せつける様な笑みは酷く幸せそうなバカ面に変わる。さてその時俺は一体、どんな面をしているんだろう。

「サイコー、だ。うっとりしちまうぜ」

固い土と木の幹、硬い男同士の身体、素敵の欠片も無い。なのに唯一無二で、何所までも一緒だ。
――見ろよレディ、一体どこがロマンチックなんだい?







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