白黒的絡繰機譚

星を呑んだ 参

火星焼夷+海王星波+木星旋回+水晶 怪我・残酷・グロテスク描写有り

その土地には、神がいた。
神の時代はとうに過ぎ去り、今や微睡み人の夢を見るばかり。
死なずの眠りを貪る神を起こしたのは、星の炎であった。
幾度目かも分からぬ戦の地を、何方が勝ったか分からぬ程に焼き尽くした星の炎。
起き上がった神はその地獄のような有様に感心し、その炎と焼け残った武器を自らの腹に収めた。
その土地には、遥か昔に戦神とされた神がいた。




『何しに来た』

文字通り地の底から響くような声を出したのは楓星ふうせいだった。
その声を浴びせられた伊呂波いろはは素早く連れの後ろに隠れる。

『ご挨拶ですねぇ。友人を訪ねるのに大層な理由が必要です?』
『お前と俺は別に友人じゃない』
『でも伊呂波と旋葎せんりさんは友人でしょう』

その証拠に、此処に入れているのですし。
そう言いながら自分に隠れる伊呂波に慈愛の眼差しを向けつつ楓星をあしらうのは、鯨湦けいしょうという名を与えられた海のものだ。以前と違い、今は楓星のように人の形を取っている。人の良さそうな微笑を浮かべているが、細められた目は常人が見れば即座に正気を失うような代物だ。尤も、この場にそれを正面から見たところでどうにかなるようなものは存在しないのだが。

「け、鯨湦やっぱり、帰らないか……?」
『おやおや、大丈夫ですよ。この鳥はね、私達を僻んでるだけなんですから。奥方がつれないからと』
『僻んじゃいない!』

叫ぶと同時に楓星の身体が溶ける。

「何やってる馬鹿」

が、奥から茶を持ってきた旋葎が溶けたものから引っ張り上げるような動作をすると、元通り人の形としてそこにあった。
長らく人の身に縛られ続けてきた楓星だが、それではあまりに不便だからと多少の融通が利くように調整されている。けれども、やはりこのように一動作必要であるし、元の姿に戻るには旋葎の許可が必要なままではある。
旋葎はそのまま二人を座らせ、茶を振る舞う。

「お前らと違って年々馬鹿になっていくなコイツは」
『それだけ貴方が大事なのでは?』
「どうだか。……それで、要件は?」

普段――と言っても年に一度あるかないかくらいだ――この里まで足を運ぶのは、人間である伊呂波だけだ。自分の領地を抱える程に力のあるあやかしは、基本的に其処から出ない。無闇に他者の領地に入る事は、敵対行為と見なされかねない。人間の支配者層と同じような理由だ。
それがわざわざ二人で来ているとなれば、ただ冷やかしに来ただけではないことくらい、楓星とて分かっていた。
分かっているが、通じ合っているのであろうこの二人を見せつけられる――と楓星は感じている――のは、兎に角癇に障る。旋葎が伊呂波のことを気に入っているのも、癇に障る一因だった。

『なあにちょっとした事ですよ』

鯨湦が笑う。声色は事も無げだ。

『神殺し、しませんか』
「……は?」

声を上げたのは旋葎のみだった。楓星は鯨湦を睨み続けているだけで、伊呂波は居心地が悪そうにしている。

『いえね、此処のところ不穏な噂を聞くもので』
「噂、ねえ」
『火の神が人ならざるものを焼いて回っている、と』

怖いでしょう、と鯨湦は笑う。お前の方がよっぽどだろう、と旋葎は思ったが言わなかった。

「それがどうしたんだ。……別にお前が動くことでも、こっちが動くことでもなさそうだが」
『ええ、それだけなら私は何もしませんし、貴方がたもその必要はない。ですが、ねえ。どうもその神の本命は星のようで』
『……只の神如きに俺達が殺せるか』

ぼそりと楓星が呟く。

『それはそうなのですけれど。星を知っていて星を狙うなんて、神でも普通やりませんよ』
『耄碌してるんだろ』
「……神って奴は、鳥や魚より弱いのか」

旋葎の疑問に、鯨湦が頷く。隣の伊呂波も不思議そうにしているので、どうも此度の訪問の主題についてははぐらかされていたようだ。

『今の世の神なんてものは、出涸らしですよ。力の大半を失って眠っている。もう現世に関わる気もない。大昔ならともかく、今なら束になればそこらの寄せ集めでも勝てるかもしれない。それが神です』
「へえ、それに飢饉だの日照りだので祈るのとか馬鹿らしくなるな」
『神に片足突っ込んでる癖に、随分貶すな』
「……え?」

楓星の言葉に伊呂波が目を見開く。己の伴侶が人でないことはよく知っていても、どの程度なのかということは知らなかったらしい。
気が細い割に、伊呂波にはやや大雑把なきらいがある。ある意味、鯨湦とそれなりにやっていくには必要な気質なのかもしれない。

『貶しもしますとも。お飾りでもちゃんとした神がいれば、私はもう少し穏やかに生きてこれたでしょうからね』
『……大嘘つきめ』

鯨湦は楓星の言葉を聞き流して、伊呂波の手を取る。

『別に今更、私が何であろうと良いでしょう?』
「それはまあ、そうなんだけど……。いや、海の神って奴が本当にいるなら、アンタが一番近いんだろうけどさ……。流石に本当に神とか言われると、何ていうか……」

歯切れの悪い言葉を並べながら、伊呂波は想起する。あの、生まれ育った村にいた誰もがきっと、それなりに神という存在を信じていた。その方が都合が良いからだ。漁の成果を、暮らし向きを、全てその所為に出来たのだから。恐らく表向きすら信じていなかったのは、伊呂波だけだった筈だ。そう、あの日――鯨湦が全てを押し流した日――迄は。

『いえいえ、私は只の長く生きただけのものですよ。寧ろ、私にとっては貴方の方が神と例えるに相応しいと思いますけどね』
「え、ええ……」
『……今すぐ叩き出すぞ』

楓星の不機嫌極まりない声に伊呂波が「ひっ」と短い悲鳴を上げる。

「いちいち目くじらを立てるな。……お前らもな、コイツで遊ぶんじゃない」
『つい……』

悪びれのない響きで鯨湦が肩を竦めた。伊呂波と手を離し、それでですね、と続ける。

『噂の出どころを繋げていくと、此方に向かって来てるんですよ』
『……で? 仲良く雑魚狩りでもしようと言いに来たのか』
『私が只の神殺しに、貴方を誘うと思います?』

鯨湦の異形の目が楓星を見る。
その目こそが神に近い身である証明なのだが、それを知っているのは当人以外は楓星だけだ。一体何を企んでやがる、と思いつつ楓星は思案する。本人の言うとおり、只の神殺しなぞするつもりなどさらさら無いだろう。そんなつまらない事に興味があるとは思えない。あったとしても、一人でどうとでも出来るだろう。そうであると、楓星はよくよく知っている。

『……まさか』

思い当たった可能性に、楓星はほんの少しだけ怯んだ。鯨湦は笑っている。

「どうした?」
『……。分かった、やってやる』
「おい、説明しろ」

旋葎の言葉に返答をしたのは鯨湦だった。

『恐らくその火の神は、私達と同じく星を呑んでいる。……此れだから、神ってものは嫌なんです。自分達と同格の生き物がいると困るんでしょうね? 私達から奪って、捨てた筈の現界にまたのさばる気なんですよ』

心底嫌そうに、そう吐き捨てる。横の伊呂波は、何とも言えない顔でそれを見つめていた。暫し4人の間に沈黙が流れた。

「――入れてください」

沈黙を破ったのは、聞き慣れた声だった。天から降るようなそれは、晶のものだ。この空間に繋がる、神社の本殿で発された声は、こうして空から地へと降り注ぐように聞こえてくる。一体何がどうなってそう作用しているのかは、作った楓星すらしっかりと説明出来るようなものではない。そうであるのだから、そうでしかない……というのが、あやかしの力である。

「いいぞ、丁度お前好みの話をしてたところだ」

旋葎が返事をする。暫くして、家に入ってきたあきらは四人を見、そして少しほっとしたような素振りを見せた。

「良かった、遅れなかったようですね」
「すれすれな感じはするけどな」

鯨湦と伊呂波の少し後ろに座った晶の横に、直ぐ様湯呑が出現した。すると晶はまるで見えているかのように「ありがとうございます」と礼を述べた。それが異様であると思ったのは、伊呂波だけであった。ほぼ確実に、晶にそれを運んできた何かは見えていない筈である。その異様さを口に出すより早く、鯨湦が口を開いた。

『貴方が来たという事は、やはり星絡みの事案だったんですね』
「……おや、そのような話をなさっていたんですか」

白々しいな、と旋葎は思った。前回――伊呂波の件の時もそうだったが、この男は何かあると知って此処を訪れている。だが、正確な日時までは分からないようで、あれの5年程前から同じ月に、一ヶ月程滞在しては去る事を繰り返していた。それ以外の時に一体何をしているのかは、本人が語らないので誰も知らない。尋ねたとしても、きっと晶ははぐらかすだろうと旋葎は考えている。それを踏み越えられる程の絆がお互いの間にあるのかどうか、判別がつかない。

『ええ。貴方も耳にしたのでは? 何かを探して彷徨う神の話を』
「神、ですか。私が聞いたのは、少し違いますかね」

何にせよ、と晶は続ける。

「それがこちらに来るまでは、出来ることも無いでしょう」
『晶さんがそう仰るならば、そのとおりに。……という訳で暫く泊めて頂けますよね?』

楓星が即座に異を唱える。だが、勿論それは旋葎に無視されていたのであった。




どうしてそんな事をするのかと問われれば、したいからだと答えるだろう。
昔は別の理由があったかもしれないが、男の頭からはとうに忘れられてしまった。
今はただ、火薬から上がる炎を眺め、それで焼ける肉と脂の臭いを吸い込み、消えていく悲鳴を聞くことばかりをしている。生存の為の鏖殺ではない。ただ欲を満たすための虐殺だ。
それではいけないと、己のどこかから声はする。けれど、男はもう他の生き方を忘れてしまった。
いっそ、人の身を捨てられれば良かった。
けれども、人間にしか使えぬ炎を振りまく男は、どこまでも人間であった。




「どうだ、なんか見えたか」

旋葎が首を高く持ち上げて叫ぶ。返事は聞こえないが、つまりまだなのだろうと納得して他3人に首を振った。
あれから5日程経過したが、未だ何かがやって来る気配はない。それでも、楓星と鯨湦の二人には遠くの方に同族、つまり星を呑んだ神がいる気配は感じているらしい。だが、近づいてくるような感覚は薄いという。

「この、待ってる間が落ち着かないんだよな……」

溜息と共にそう零した旋葎に、伊呂波は目を丸くする。それに気がついた旋葎が嫌そうな顔をした。

「伊呂波お前、俺を何だと思ってるんだ」
「いや、だって、さあ……」

以前の事を思い返す。こういう事が楽しいのだと笑った晶と、否定をしなかった旋葎。鯨湦と楓星が人智の及ばぬ争いをしても、怯んだ様子のなかった横顔を見上げた事を。

「ま、別に何でもいいがね。それより晶、これ本当に何かあるのか?」
「それは、勿論。今更疑うんです? 噂と、集結と、そして私。……十分すぎる程、整っているのに」
「お前がそれを言うか」

旋葎の呆れ声も、晶はどこ吹く風だ。このように皆が落ち着かない様を楽しんでいるようにすら見える。まるで空から地を見下ろすように。

「何にせよ、必ず此方に来ます」
「へえ、そこまで見えてんのかお前」

からかうような声に、晶はいいえと首を振った。

「其処までは、流石に私には。……只の同類意識ですよ」
「同類?」

伊呂波が首を傾げる。此方に向かってきているのは神の筈だ。

「私が聞いた噂は『神を探す男がばけものを捧げて回っている』です」

可哀想に、と晶は溜息に乗せて吐き出した。




――感情とは、こんなにも熱いのか。
神は思う。けれど同時に、まやかしなのだろうとも思った。己はそのようなものを抱く神ではないと、よくよく知っていた。
微睡みの中で、まやかしを夢見る。終わりのない、けれどもうすぐ覚める夢だ。何処にも行けず、何処にも受け入れられない身は、星を呑んでも永遠に独りのままだ。
それでも、神は思う。無理だと重々承知している望みだ。夢なのだから、それくらいは良いだろう。誰もきっと咎めはしない。誰もこの身を傷つけられないのと同じように。
あの男の終わりは、己と違ってどうか安らかに、と。




――結局、事態が動いたのは更に3日程経ってからであった。同族の気配は揺らめくように朧気で、近いと確信出来る距離だと判別出来る迄随分と時間を要した。その焦れている間に楓星は何度も飛び立とうとしたが、旋葎が許可しなかったので叶わなかった。

「一つお願いがあるのですが」

二人が待ち構えるかと腰を上げたところに晶が声をかける。いい加減我慢の限界の楓星はぎろりと睨みつけたが、晶は怯まない。

「やって来るのが何であれ、殺さないで欲しいのです」
『……あ?』

ますます不機嫌になる楓星の前に鯨湦が出る。

『随分と無茶を言いますね。理由をお伺いしても?』
「……。今回だけの事であれば、殺してしまえば終わります。けれど、殺してしまえば未来が途絶える。なので無理を承知でお願いしています」
『それは、誰の未来ですか?』
「全てです」
『……』

鯨湦が晶を見つめる。晶は目を逸らさない。

『分かりました。善処しますが……ねえ。この通り楓星が限界のようですので、確約はしかねますね』
「構いません」
『俺よりお前だろうが』

聞こえないふりをして、鯨湦が踵を返してゆったりと歩いていく。楓星も舌打ちをしつつそれに続いた。

『お前、よくもまああんな事を』
『私もあまり気は進まないし、出来る気もしないんですがね。……でも、あの方が私と目を合わせるので』
『……』

不思議ですよねえ、と鯨湦が零す。黒く染まった、異形の目を細めている。

『普通の人間なら、私の目を見たら気が狂うんですけどもね。……そうならない晶さんは、一体何者なんでしょう』
『知るか』

只それでも分かるのは、晶の示すものは最善なのだという漠然とした認識だけであった。




ばけものを焼き払う。男がそれをし始めたのは何時からだっただろうか。
そうだ、人では駄目だったから、ならばとばけものを焼くことにしたのだった。人を焼くよりずっと、身体が熱くなる。男の、汚れた身の内に力が宿る。
――もうすぐ、もうすぐだ。あの強い気配を焼いたらきっと。
きっと、神は眼前に現れてくれるのだ。




『人間じゃないか』
『人間でしょうね。……でも、星と神の香りがする』

突如撃ち出された鉛玉をそれぞれ片手で受け止めながら、二人が呟く。此処まで近づけば、人か神かの判別は容易だ。
只の人間中に神がいるのか、操る糸の先にいるのかは分からない。けれども、このままにしておくわけにはいかない。

「貴様ら、人に非ずか。しかもこんな――こんなにも、強い火は初めてだ」

弾の向こうから、のろりのろりと人影が現れる。
両手にはまだ珍しい種子島――銃を携えている。全体的に煤け破けているが、元はきっちりと鎧を纏っていたのであろう着物の具合だ。何処かの戦場から落ち延びてきたのだろうか。加えて背に子供程の大きさの箱のようなものを背負っている。手入れをされていない、汚れ固まった長い髪の間から目だけが鈍く光っている。その顔を歪ませた。もしかしたら笑ったのかもしれない。

「ならば良い。とても良い。あの方の身を、救う贄に、とても!」

右手の銃が火を吹く。
一発分の音しかしないが、その数倍の鉛玉が二人の脳天へ向かっている。

『香りどころか完全に……だな』

楓星は避け、鯨湦は水で受け止める。男はそれを見て驚く様子も見せない。

「おお、今までの奴らとは違う。俺の――あの方の弾丸が届かないのは、初めてだ。そうか、これが」

男の声はゆったりとしており、余裕が伺える。楓星の癇に障る声色だった。
足を踏み出そうとした楓星を、鯨湦が手で制す。

『駄目ですよ。貴方今、殺そうとしたでしょう』
『別に良いだろう。殺せば全部解決だ』

言い捨てながら、楓星は鯨湦を睨む。一番男を殺したいのはお前じゃないか、と。
勿論、鯨湦はそれに答えない。

「――俺を殺すのか?」

二人を交互に見ながら、純粋に驚いたとばかりに男が呟く。

「それは、無理だ。俺は死ぬわけにはいかん。ならば、急ごう。殺される前に、貴殿らの星をあの方に捧げよう」

男が右手にある銃を腕に沿わせるように回す。腕の裏から戻ってきた銃は、銃身が増えている。恐らく、普通に人間が用いるのなら、意味がない変化だ。増えた銃身は飾りにしかならない。けれども、此度の使い手はそのようなつまらない理論の範疇外に踏み出した存在だ。同じように左手のも変化させる。2丁の銃がそれぞれ獲物へと向く。先の赤目共は、どちらも動かない。男がまた、顔を歪ませた。

『!』

銃の引き金が引かれ、音とほぼ同時にまた鉛玉が飛び出す。3つずつ空気を切り裂いたそれは、真っ直ぐ飛んで二人を避けた。狙いをつけるには十分な時間と、外すには不可解な距離で起こったそれの真意に先に気がついたのは楓星だった。腕を伸ばして鯨湦の襟首を掴んで引く。その瞬間、鯨湦の頭があった場所へ鉛玉が後ろから通過する。

「一回目は、見えるだろう」

2つ、左右から襲いかかる。残りの3つは上下正面から同時。
銃口の延長線上にしか飛ばない鉛玉が、不可解な弾道で二人に襲いかかる。

「だが、速度は上がり、俺は撃ち続ける。……何時まで逃げる?」

男が笑う。その顔の横を弾丸が通る。別の弾丸が地面にめり込まずに跳ねる。自らの身へと狙いを定めたそれは、銃身で綺麗に捌いている。また男が引き金を引いた。2つ増える。

『おい、流石にこれは』
『面倒ですね。……溶かします』

鯨湦が右手を突き出すと、その指先がどろりと溶けた。
最初対峙した時もそうだったが、本来海の生き物である鯨湦は、どのような姿をとろうと海水を身体に纏わせている。塩かそれとも本人の状態を反映したのか、鉄や石の塊ですら溶かすそれを薄く膜にして二人の周りへと展開すると、飛び込んできた鉛玉が1つ、2つと音も無く溶けていく。

「ほう。見事な妖術だ」

男の口調に焦りはない。不規則に引き金を引いて鉛玉を増やしている。だが、増やそうとも行き着く先が同じならば楓星の目の動く方向に鯨湦が海水を動かすだけだ。数が多くとも、射手の速度はどうやらさほど人間と変わらないらしい。じりじりと飛び交う鉛玉は減っていく。減数によって攻撃が緩んだところで楓星が地を蹴った。

『もう十分だ!』

腕から変化した、鋭い爪を備えた前脚が男の首を掴む。後ろから鯨湦が咎めるように楓星の名前を呼んだ。
首を締め付けられながら、男が口を開いた。瞬間、楓星は気がつく。間近にある男の血走った目が笑っている事に。男の手から銃が落ちる。持ち手側から地面に当たった瞬間、2丁の銃が溶けた。




「……今、デカい音がしたな?」

旋葎の声に伊呂波が頷く。音の方を見やるが、特に変わりはない。そもそも離れすぎているのだ。
旋葎と伊呂波の二人は、晶に従って山を下っている。

「うん。大丈夫、だよな……?」
「まあ、別に死んじゃいないだろ。お前はともかく、俺はアイツが死んだらもうぶっ倒れてるよ」

平素どおりの声で旋葎が言う。老いも死もない身体と化している旋葎と伊呂波だが、その実態には違いがある。旋葎は楓星の領地のみそうである事を許された身だ。伊呂波のように山を自由に行き来は出来ない。領地から一歩でも踏み出せば灰となり、勿論楓星が死ねば運命を共にする。それを分かっていても尚、本当に心配していないのか、それとも信頼しているのか、はたまたどうとも思っていないのか……伊呂波には分からない。旋葎は何時でもそうだからだ。初めて会った時から、何を考えているのか分からない変な……いや、少し恐ろしい男だと思っている。鯨湦や楓星が恐ろしいのは、人間では抗う事の出来ない圧倒的な力があるからだが、旋葎は只の人間と殆ど変わりがない。恐らく、喧嘩であれば伊呂波が勝つ。それでも、伊呂波は旋葎に「勝てない」と思ってしまう。
何故なら、伊呂波には決して出来ない事をさも当然のようにしているからだ。

「で、まだなのか?」

旋葎が先導する晶に問う。彼が言うには、火の神を封じる手立てがあるらしい。
晶も伊呂波からすれば変な男だ。己や旋葎のように伴侶――この言い方が多分一番近い――を持っていないにも関わらず、少しも容姿に変わりがない。もしや人間ではないのではないか、と思ったが鯨湦が言うには「人間でしかない」らしい。

「もうすぐ……の筈、です」
「煮え切らない言い方するな。お前以外分からないんだからちゃんとしてくれ」

軽く振り返った晶が曖昧に笑う。
まるで何処か別の場所から俯瞰して見ているかの如く、様々なものを知っている晶であるが、意外とそうでもないらしいと旋葎が気がついたのはわりと最近のことである。そもそも訪問時期からしてそうなのだから、当たり前と言えばそうなのだが。

「あ、もしかしてアレ?」

伊呂波が指差す先、小山の頂上には、何かぽつりと影がある。そのまま歩を進めると、社であると分かった。

「……何の社だこれ」

一体何が祀られているのかも分からない、古い社であった。取れかけた戸の向こうに、何かがあるようにも見えない。

「さて、何でしょうね」
「お前……」
「茶化してるわけではないんですよ。これはもう、何の社でもない。あの鳥神の影響も薄い。……だから、繋がるものがある」

晶の白い手が戸を開けた。やはり、その中には何もない。何かがあったような形跡もない。

「旋葎、伊呂波」

晶が二人を呼び、左手を差し出した。

「お力添えをお願いしたいんです。手を繋いでくれるだけで良いので」
「そりゃまた、簡単だな」

旋葎が晶の掌に己のものを重ねる。その上にそろりと伊呂波も続いた。
晶は満足そうに頷くと、社に向き直り、がらんどうの其処へと問いかける。

「名忘れ去られし神よ、永久に微睡む神よ、星の炎を眺めし神よ」

その声は、言葉を紡ぐ度に色が失せていく。感情が失せ、何者か分からぬような声へと変わっていく。

「夢見の果て、指先の閃光に、矮小の命に神の御慈悲を」

その色の失せた声は何かに似ている。ああ、と旋葎は気付く。何に似ているか、そして晶が何をしようとしているのか。
――どうやら、自分でない誰かの心の内を代弁する為には、自分らしさというものは邪魔らしい。
晶の左腕が力を失いだらりと垂れる。空いた片手を見ながら、旋葎が伊呂波の方を向いた。

「伊呂波」
「な、何?」
「お前、力には自信あるか?」

旋葎の問いに、伊呂波はきょとんと瞬きをする。俺はからっきしなんだよな、見て分かるだろうがと旋葎は言う。

「多分な、この後俺達でどうにかしないといけないんだよ。……いやはや、本当に『巫女』だとはな」
「それって、どういう……」

瞬間、ぶわりと二人の全身を熱風が通り抜ける。まるで大火の側にでもいるように。耐えきれず数歩後ずさる二人の視線の先には、変わらず晶がいる。

「――お目覚めを。我は星に焼かれた身。既に灰なれば、最早燃えることも無し」

その晶の身体が、弾かれたように仰け反って倒れる。二人か駆け寄ると、晶の口がゆっくりと動いた。

『■■■、■■■■■■■■■■■■』
「え?」

晶の口から、いや口ではない何処かから吐き出されたのは、音と呼んでよいのかどうかも分からない奇妙な何かだった。断続的にそれを何度か発した後、

『■■、■ー、あー、ああ、これで、大丈夫だろうか』

それは明らかに晶のものではない、低い声となっていた。




『楓星!』

咄嗟に閉じた目を開けて、鯨湦が叫ぶ。皮膚が乾きそうな程に空気が熱を帯びている。焦点の合った視界には、楓星の背しか見えない。けれど先程迄との違いは明らかだ。

「は、はは、駄目、か。……ああ、俺はやはり、人間でしか……ないのか……」

掠れた男の声が自嘲する。鯨湦が楓星へと駆け寄るとほぼ同時に後ろへと倒れた。元々酷く汚れていた為、所々露出している肌と地面に溢れていくものでようやく出血しているのだと分かる有様だ。倒れた衝撃で割れたのであろう背の箱から、何かか溢れている。それが何という名前の、どのようなものなのか、一瞥しただけの鯨湦には分からない。考えるより前に、ふらつく楓星の肩を支えた。

『……っ』

あやかしは、他の生物から見れば不死にも等しい。勿論、心臓を潰すに等しい弱点というものはあるが、力が増せば増すほどに弱点の意味と意義は薄れていく。格下が一発逆転の為に用いるのではなく、格上が戯れの終いの合図のように使うだけの代物と化す。だから、今の楓星も死にはしない。鯨湦はそれを一番よく分かっている。分かっているが、一瞬このまま死んでしまうのではないかと思った。それは恐らく、こうしてお互い実態とかけ離れた人の身になっているせいなのだろう。

『大丈夫ですか』
『……はっ、俺が、これくらいで、どうこう、なるわけ……っ』

楓星は哄笑するが、口の端からは血が滴っている。だが、酷いのはそれではない。楓星の腹から背に向かって、熱で赤く染まった剣と矛が交差して刺し貫いている。人間ならば、恐らくもう死んでいるような状態だ。いや、あやかしでも大抵はまともに口がきけるだけの力も残りはしない。だが楓星は星を呑んだ強大なそれである。このような状態になったも尚、通常と変わらぬ意識があった。例え、人間の姿かたちをしていてもだ。そのちぐはぐさが今は痛々しく見えた。

「……っ」

鯨湦が楓星に気を取られた、その瞬間だった。男の両脇に残っていた銃だったのものがまた溶ける。瞬間その周りが爆ぜた。

『まだ、足掻くか……っ』

熱気の向こうにいる、男を楓星が睨みつける。結局燃えたのは、男の髪と背中の箱くらいであった。

『ああ、思い出した。火薬というものですね、それ。しかし……鉛の代わりにこれを弾として撃ち込むとは、流石は神、なんですかね』

男が掴みかかった楓星に放った、恐らく奥の手であろう一撃は、至近距離からの石火矢と背中に背負った火薬箱を使った爆発であった。手から落下して溶けた銃は地に落ちると同時に太い筒の形を取り、楓星の腹目掛けて鉄球ではなく剣と矛を発射した。恐らくはそれで真っ二つになると思ったのだろう。それに大量の火薬もあれば、仕留め損なうことはないだろうと。しかし、相手が悪すぎた。男がそれまで相手にしてきたであろう普通のあやかし達であれば、それで間違いなく死んでいた。けれども、強大な星の力を持った神にも迫るあやかしがその程度で死ぬ筈もない。楓星の腹を貫くことは出来たが、爆発は風と水で殆ど防がれた。
鯨湦が掌から大粒の水を落とす。剣と矛は瞬時に熱を失い、そのまま溶けていった。異物が無くなれば、穴など直ぐに塞がる。その様子を見た男が、悲鳴に似た笑い声を上げた。けれどそれは一呼吸後に泣き笑いへと変わる。

「ゆ、ゆる……許して、くれ。お、れは……ただ、っあ、あつ」

男が胸を押さえた。

「っ、ぁ、や……あ、が……っ!」

見開いた緑目が赤に縁取られる。――目玉と皮膚の間から炎が覗いていた。それを皮切りに、髪や足先も発火する。まるで油でも被っているように、火は男の全身を駆け巡る。二人は呆然とそれを見つめていたが、鯨湦が腕を叩きつけるように水を投げた。ばしゃり、と音を立てて割れた水の塊が火を消したが、男の四肢の先はもう形を失っている。虚ろな目はそれでも光を失っていない。

『これだから神ってやつは……!』

鯨湦が吐き捨てる。
男の身体から吹き出した炎は、神にのみ扱えるものであった。只の人間である男が、どのような抜け道を使ったのかは知らないが、行使し続けて無事で済む筈がない。寧ろ今までよく何事もなく平気でいたものだ。焼け焦げた男の身体には、今も絶えず激痛が走っているのだろう。声すら出せぬであろう状態だが、痙攣するように小刻みに震える瞳がそうが訴えている。いっそ死ねれば良いのだろうが、灰に成りそこねた身では叶わぬ事だ。与えるだけで責任も取らない神の姿勢が現れている有様に、鯨湦は苛立った。
――お前らがそうだから、私も伊呂波も、彼もあんな事になったのだ。死にぞこないだけ生かして、罪もない無垢を嬲り死へ追いやる、その姿勢に反吐が出る、と。

『……っ、おい』

湧き上がる衝動のままに再度振り上げた腕を止めたのは楓星だった。まだ腹が痛むのだろう、脂汗を浮かべている。

『殺すなと言ったのは、お前と……あれだろうが』
『……』

暫し楓星を見つめた鯨湦は、ふうと長く息を吐く。腕を下ろして首を振った。

『貴方にそう言われたら、頭が冷えました』
『いちいち癇に障る言い方をしやがって』

楓星の身体を支え、気配を探る。伊呂波達の気配はまだ遠い。しかし、そこに異物が混ざっているのを感じた。
嫌になる、神の気配だった。




『――いや、はや。人の身とは難しいものだな』

少し楽しげな、状況とそぐわない声が呟いた。
晶の身の中にいる何か――名乗りはしたが、旋葎と伊呂波にはそれを聞き取ることが出来なかった――は、立つこともままならぬものだった。二人はそれに肩を貸して、来た道を戻っている。

「ってことは、アンタは人じゃないんだな」
『聞かなくとも、俺が何者かくらい分かっているのだろう?』

晶の顔で、晶でないものが笑う。勿論、問いかけた旋葎は恐らく中にいるのが神と呼ばれるものであるのだろうと理解している。只、漠然と想見する神と声が一致しきらないだけだ。こんなにも血の通っているような声を出すのだと、顔には出ないが驚いている。

「分かっちゃいるがね、はいそうですかと納得出来るもんでもないだろ」
『確かに。……だが、今はもう言葉だけのものだ。こうして身体を借りても、碌に動かせないようなものをそうは呼べないだろう?』
「……」

そうは言いつつも、晶の中にいる神と呼ぶべきものの足取りは、少しずつましになってきている。恐らく目的地に着く頃には、支える必要もなさそうだ。

『お前達は』

歩みながら、神が静かに言う。

『自らの半身が、恐ろしくはないのか。強く、恐ろしく、……悍ましい力を持ったばけものの横にいて、逃げ出したくはならないのか』

問われて、伊呂波は肩を貸す神の――晶の横顔を見た。虚ろなそれからは、何を思っているのかは読めない。

「あれのどこが恐ろしいってんだか」

そう、呆れた声で返したのは旋葎だった。神も伊呂波も、そちらへ顔を向ける。

「そりゃでかくて人を喰うばけものってんなら、俺は恐ろしいと思うさ。でも、実際はどうだ? そこらの悪ガキと大差ないだろ」
「あれにそんな事言えるの、旋葎だけだよ……」
「ま、俺はお前と違って、実際に何かが起こるのを見たわけじゃないのもあるだろうがな……」

目の前で全てが無くなった伊呂波と違い、旋葎の知る楓星の「悪行」は、どれも伝聞だ。ばけものらしい振る舞いは、それこそ鯨湦と対峙したそれしか見たことがない。旋葎の前の楓星は、何時でも不貞腐れた子供のような振る舞いばかりする。それの何処をどうやって恐ろしがれと言うのだろうか……というような事を以前楓星の配下達に言って絶句されたのは、他に誰も知らぬ話だ。

『悪ガキ……子供か』

噛みしめるようにそう呟く。

『言い得て妙だな。力というものは、精神を置いていく。触れただけで壊れるものを手放したくないと喚くのは、子供以下かもしれないがな』
「だろう?」

旋葎が笑う。やはり勝てないと伊呂波は思った。
伊呂波は怖い。楓星が怖い。鯨湦が怖い。強大な力を振りかざすばけものが怖い。同じ只の人間、いや自分より弱い筈なのに旋葎はそれらに怯まない。だから勝てない。けれど、旋葎は怖くない。その違いは上手く言葉にならないが、確信だけは出会った時からずっと其処にある。

『俺もそうだ。触れただけで壊れると、分かっていたのに……』

そうひそりと呟いて、神は二人から離れて歩いて行く。まるで人間のように。

『全て壊れて、燃えて、灰になる前に終わらせよう。……終わらせねば』




『遅い』

3人を出迎えたのは、平時と変わらず不機嫌極まりない楓星の声だった。平時と違うのは、鯨湦の肩を借りている点だろう。そんな事をするのか、と伊呂波は驚く。

「急いだんだよ、これでも。……お前、腹どうした?」
『別に』
『大穴が開いてたんですよ。強がってますけど、多分まだ中は治りきってないんじゃないですかね』
『お前……!』

鯨湦の言葉に睨み上げるだけしか出来ないのを見て、旋葎は納得する。何時もなら此処でもう掴みかかっているであろう楓星が、渋々肩を借りているのは立つのがやっとだからなのだろう。

『……兎も角、私達はちゃんと殺しませんでしたよ。此処から先をどうする気かは知りませんし、知りたくもないですけど』

鯨湦が伊呂波と旋葎だけを見て言う。鯨湦は晶の身体の中にいるのが何なのか、しっかりと分かっているのだろう。

「どうするんだろうな、本当に。……ああ、それ貰おうか。いい加減お前に噛みつきそうだしな」
『ええ、お願いします』

鯨湦から楓星を引き受ける。憮然としたままだが、それでも大人しく従っている。身一つになった鯨湦は伊呂波の前へと進んだ。

『……駄目ですよ。貴方が見るものじゃない。生きてますけれど、気分のいい状態ではないですからね』
「それって……」

鯨湦は答えない。けれど、その向こうに一体どのような状態のものがいるのかくらい、伊呂波にだって分かる。こんなにも、焼けた臭いがするのだから。
二組の様子をそっと見つけていた神は、やっとゆっくりと歩を進めた。四肢を失い燻ぶらせながらも未だ死ねない男が其処にいる。

『この男は人の身を捨てたがっていた。人の道から外れたのだから、人の身はいらぬのだと』

最初は、只生きる為の火だった。煙を上げて、それに気取られてる隙に食い物を盗っていく、よくある手口だ。しかし、ある日想定以上に炎が回った。それを見て、男の箍が外れてしまった。後は坂道を転がる如く、目的と手段の優先順位が入れ替わる。
神からすれば、少しばかり人間を殺したところで人は人でしかない。幾ら男本人が、それを外道の行いだと思っても。
だが、その殺し方、地獄のような炎の戦場に関心をしてしまった。己の眠っている間にこのようなことを出来るようになったのかと。

『哀れみよ。偶々目に止まって、哀れだと思ってしまった。己のようだと』

炎が上がる度に平穏の記憶を忘れ、全てを焼いていく男の姿は、遠い昔の己のようだった。
伸ばした手は、男の身に星の炎を分け与えてしまった。力を与え、思考を捻じ曲げた。何かを救うような手を、その神は持っていない。触れたもの全てを殺し、壊し、焼く。それが戦神である。其処に理由は無く、只それを求め続けられただけの何かだ。

『俺はもうこの世に降り立つことも出来ないというのに。……この男は、それを望んだが。それ故の行動だ。贄が必要だと思っただけだ。許してやってほしい。それと……』

神の言葉が途切れる。晶の表情は無論代わりがないが、その間は表情よりも雄弁であった。只の人間を、神が惜しんでいた。

『この男を救えない。……どうかお前達で殺してやってくれ』

人として、と神は呟いた。場に静寂が訪れる。皆何も言えなくなっていた。楓星と鯨湦ですら、である。

「……だ」

4人より早く口を開いたのは男であった。
身体を起こそうと藻掻くが、とうに限界を超えたそれが動くわけもない。

「い……だ……。いや、……だ」

掠れた声で、嫌だと男は繰り返す。
それを見て、神の影が巫女の背後から何かを伸ばした。

『本当にお前は哀れだな』

伸びたものは、金属のように見えた。刀のようであり、銃のようであり、それ以外に見えた。
その切っ先が男に触れた。触れた先から新たに血が流れる。このような状態でも、男の身体からはまだ血が流れる――そう、只の人間なのだ。

『壊すしか、殺すしか出来んよ俺にはな。お前の為にしてやれることなぞ有りはしない』

その殺しさえ、人間をどこにも導いてやれぬと神は自嘲する。

「それでも、それで……俺は……」

殺すしか出来ない切っ先でも、触れてくれる貴殿を置いて行きたくはないのだと、男は切れ切れに吐き出していく。
けれども、言葉一つ一つと引き換えに、男の命の炎が弱まっているのは誰の目にも明らかだった。

「名途絶えし戦神様」

晶の口から出たのは、晶本人の声だった。
顔の半分だけが虚ろで、神降ろしが未だ継続中であることが察せられる。

「この男はもう死にます。貴方の炎で燃え尽きる。……それを是としないのならば、ご提案が」
『言ってみろ』
「男の肉と、貴方の肉で、武器とする。貴方が唯一、破壊以外に出来ること」
『……それは……』

晶が淡々と告げた言葉に、人でないもの達の顔が曇る。

『晶さんも、随分とまあ外道なことを言いますね。……このまま焼け死んで、死後苦しむより酷いことじゃあないですか』
「鯨湦、どういう……」
『鉄のように溶かして、混ぜて、新たな身体を作ればいいと言っているんですよ。勿論生きたまま、ね』
「私とて、外道なことは承知の上。……それでも、これ以外にこの男が生きる道なんて、何処にもないでしょう?」

ひゅう、ひゅう、と男の焼け焦げた喉の音だけが響く。

「……きで、ん、が。してくれる……こと、なら。……おれは、なんでも、たえてみせる……」

その声はあまりにも掠れていて、聞こえたのは晶と、その内にいる戦神だけであった。

『ああ、お前はそう言うのだな。……分かった、そうしよう。お前は、永久に俺だけの命になる』

がく、と晶の身体が震える。背後から伸びていた多種多様なものに見えるそれの数が増え、男の身体に巻き付いた。

『礼を言う。巫女に、星のあやかしに、その伴侶に』

すると男の身体はまるで奈落の穴に落ちたように消え、土を汚す煤が彼らの名残を残すだけとなった。



――酷いという言葉すら、生温かった。最早何をされているのか理解出来ない。骨から剥ぎ取られ、押しつぶされては塗り込まれていると思えたのは最初だけだった。燃えるような痛みを通り越したその行為は、男の意識を塗りつぶすが、意識を失うことは許してくれない。

『辛抱してくれ。後少しだ……』

涙を流す目玉さえ剥ぎ取られている男に、代わりに泣いているような声をかけてくる神の姿は見えない。腕を伸ばしたくとも、あるのかどうかすら分からない。
どうして、そこまで俺に。
そう聞きたいのに、呻くことすら叶わない。痛みに慣れることすら許されないまま、永遠にこのままのように思えてくる。
けれど、男に一つだけ分かることがある。
此処は決して、地獄などではないのだと。




「結局、どうなったんだろうね」

腹に穴の空いた楓星と神に身体を貸した晶のどちらもが回復したのを確認して、鯨湦と伊呂波が帰り支度を始めたのは3日程経ってからであった。

「どうなんだろうな……。結局助かったんだかどうなんだか」

消えた神と男がどうなったのかは、誰にも分からない。晶ですら、それは分からないと首を振った。

「でも、まあ……そのうちなんか分かるだろ。ちゃんと詫びでもしてもらわないとな」
「神様にそんな事言えるの、旋葎くらいだよ」

伊呂波が立ち上がる。日はもう十分高いが、今から出発するという。

「――お前の仲間は、どいつもこいつも痴話喧嘩でこの世を滅ぼす気なのか」

そうして帰路についた鯨湦と伊呂波の背中が見えなくなると、旋葎が呟いた。
確かに今回のことも、神が気に入って哀れんだ人間の扱いが分からなかった故のことであるから、彼からすれば痴話に分類されるのかもしれない。
死体の山の上で行われたものを痴話に分類する人間など、楓星は他に見たこともないが。

『……滅ぼす気はないだろうが、滅んでも構わないんだろう』

別に好き好んで滅ぼす気なぞない。世と片割れのどちらを取るのか、と聞かれたら後者を取るだけだ。己も、他も。勿論聞いたことなどないし、聞くつもりもない。それが腹の中のものに由来するのか、生来のものなのかもどうでもいい。

「無責任な奴らだ」
『……』
「楓星?」
『お前こそ――』

自分のすべてを奪っておいて、未だにすべてを与えてくれない旋葎の方がよっぽど無責任だと楓星は思う。
この里から出ることもできない籠の鳥のくせに、籠に囚われているのは己の方であるような錯覚すら覚える。
晶は縁があると言ったが、これでは唯の執着でしかない。

『――いや、何でもない』

それでも彼に対して人の形しか取れない己の身が、縁の名前は間違っていないのだと冷静にさせてくれるのだった。







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