本日もパンプキン・パイ
さて、イワンが両親の手によって恋人キースに昔の恥かしい写真を見られてから約一月後。待っていたような待っていなかったようなハロウィン当日がやってきた。やってきてしまった。
「……本当に作っちゃったの」
自身の部屋の扉を少しだけ開けて、イワンは恨めしそうな声を出した。
扉の隙間の向こうには、ニコニコと満面の笑みを浮かべたクリームが立っている。
「もう子供じゃないんだし」
「あら、イワンちゃんは幾つになっても私とジェイク様の可愛い一人息子ですわよ」
「……そうだとしても、もうお菓子貰う年じゃないし」
「例えお菓子をあげる側だとしても、仮装をしてはいけないという決まりはありませんわ」
「……」
ふう、と溜息を吐いた。多分自分は一生両親に口で勝てないんだろうなぁ、とイワンは生涯何度目か分からない思いを抱いた。
「着替える気になってくださいました?」
「……うん」
「ならば、お邪魔しますわよ」
「え?」
ずい、とクリームが扉を押して室内へ歩みを進めた。
「ちょ、ちょっと! 一人で着れるって!」
イワンの言葉を無視して、クリームは扉を閉める。にっこりとほほ笑んだ母に勝てない事を、息子はよくよく知っていた。
――じりりりり、とドアベルが鳴らして少し待つと、恋人でもなくその母でもなく、父の方がキースを出迎えた。
「よっ」
「お邪魔させていただこう!」
「入れ入れ。アイツはまだクリームが着替えさせてる途中だからな。適当に座れよ」
そう言って、ジェイクは自身の定位置であるリビングのソファに身体を投げ出した。キースもそれに続いて、やや緊張した面持ちでその正面のソファに座った。
「……」
「お、緊張してんのか?」
「そんな事は! ……と言いたいところだけどね。その通りだ、私は今とても緊張している」
キースがそう答えると、ジェイクは声を上げて笑った。
「ばっかじゃねぇの? ハロウィンのお遊びによ」
「……そうだね」
「ま、それならうちの息子も大概だろうがよ。今どうせ、クリームの前でヘコんだり慌てたりすげーあたふたしてるだろうしよ」
「そういえば、イワン君はどんな仮装なんだい?というか、私のこれは仮装なのかな……?」
「仮装だろ、ンなの。……お、そうだ。俺様がもっと色男にしてやるよ」
「よく分からないが、よろしく頼む!」
ジェイクはちょっと待ってろ、と言ってリビングから出ていく。取り残されたキースがそわそわきょろきょろし始めた頃、いくつかのスプレー缶と小さな容器を腕に抱えて帰って来た。
「大人しくしてろよ? 俺様がカッコよくしてやるからよ」
ぴしり、と背筋を伸ばして大きくうなずいたキースに満足したように笑って、ジェイクは容器の蓋を開けた。
「おーい、クリームこっち準備出来たぞー」
「こちらも出来ましたわー! ……ほら、イワンちゃん行きますわよ」
クリームに引きずられる様にして、イワンはがちがちの足を動かして階段を降りた。
今のイワンの格好は、申し訳程度に持たされたカボチャのバケツがとても浮いている。
「さ、イワンちゃん目を閉じてくださいな」
「う、うん」
一枚の扉を挟んで止まり、イワンは促されるままに目を閉じた。扉の向こうからキースもジェイクに同じ事を促されているのが聞こえた。
「さ、開けますわよ」
クリームがイワンの左手を引く。そのまま、一歩を踏み出した。
「さあ、イワンちゃん」
「ほれ、せーの」
空気を吸い込んで、目を開ける。
「トリックオア、トリート!」
「トリックオアトリート、そしてトリート!」
そして、イワンとキースは目を見開いた。
純白のタキシードを身に纏い、丁寧に撫でつけられたキースが、これまた申し訳程度のハロウィン要素としてカボチャのランタンを抱えている。
じわり、とイワンの視界が歪む。ぐい、と目元をぬぐってから、ヤバいことしたかな、とイワンは思った。
――紋付羽織袴に水気は良くないだろう。
「い、イワン君! このパンプキンパイをあげるから泣かないで! い、イタズラでも構わないよ!」
キースの慌てた声を聞きながら、イワンは満足そうに笑う両親に何とかほほ笑んだ。