白黒的絡繰機譚

神の御膳

「サラリーマン、とは料理人のことを指す言葉ですか」

そうロキが己の主にポツリと聞いたのは、ある意味第二の戦場とも言える食事の場での事だった。
ん、と口に肉を含んだまま火野は彼の方を見る。特に何時もの変わりのない横顔がそこにはあった。
そのまた向こう側では、ギガンテスが豪快に丼飯をかきこみ、シャイターンが黙々と自分の取り皿におかずを盛っている。
紅一点・アースゴーレム女史はというと、彼女用に用意されたサラダを少し顔を赤らめながらゆっくりと口に運んでいた。最初はゴツい外見で女子とか言われても……と失礼な事を思っていた火野ではあるが、段々と仕草等々が可愛く見えて気もするのは慣れの所為だろうか。
ほぼマスコットと化しているティランとホノりんは、とうに腹を膨らませきり、今はもう夢の中だった。口の端に米粒がついたままである。

「……いや、違うけど」
「おや、そうですか」

肉を飲み込み、否定をすれば、それ以上に追求する気もさそうだった。なんなんだ、と火野は思ったが、そんな事よりも義眼手すより差し出された丼に対応するほうが重要だった。三杯目である。

「もう飯ないからな」
「おう!」

こそげるようにして最後の一粒まで米粒を盛ると、ギガンテスはそれを嬉しそうに受け取った。
ロキに乗せられるようにして作りはじめた食事だったが、今となれば楽しくもある。もともと嫌いではなかったし、それどころか同年代の独身男の中ではかなり作れる方ではないかと自負している。
基本的なものはたいてい作れるし、ある程度のレシピがあれば失敗は有り得ない。酔った同僚に冗談で嫁に欲しいと言われたこともある。まあ、普段の生活ではそこまでの調理スキルを発揮せずとも良いのだが。自分ひとり、というのは手抜きの最高の言い訳だ。
だが、この世界に来てからは、少々埃をかぶりかけていたそれを遺憾なく発揮している。
見た目通りの好みと量を必要とするギガンテス。
以外と子供っぽい(以前ハンバーグに目玉焼きをつけたら静かに喜んでいた)シャイターン。
紅一点であるアースゴーレムに、体躯が近いからと適当に考えてギガンテスと同じ量を与えてきたのは、今思えば悪いことをしたと火野は反省している。これだから俺独身なのかな…と思って少し悲しくなったのは誰も知らないはずだ。
ティランとホノりんはとにかく食べやすさが第一だ。箸どころかスプーンすら満足に使えないのだから。
そこまで考えつつ食事を作るようになってしまったので、ある意味ロキの言うように今の自分は料理人なのかもしれない。

(いや……料理人ってか主夫か俺)

積み上げられた食器を前に、火野は溜息を吐いた。
料理をすれば、食事をすれば、必ず後片付けがついてくる。体躯の大きいギガンテスやアースゴーレムは小さな皿などを洗うには不向きだし、そもそも火属性ばかりなので、水にあまり触れたくないらしい。なので、手伝ってくれる者はいなかった。
人型で闇属性、という人材もいるにはいるが……性格的に手伝ってくれるわけもない。

「サラリーマンとは主婦なのですか」

声に顔を上げると、ふわふわと何時ものごとくロキが宙に浮かんでいた。

「ちげーよ」
「おや、そうですか」

何となく不服そうな顔に日野には思えた。かと言ってサラリーマンがこの世界の一体何に近いのか、どう説明すればいいのかはさっぱりわからなかったので、ただ黙ってロキを睨みつけるに留まった。

「つか手伝えよ。食っただろ」
「私以外も皆食べたでしょう」
「火属性に水使わせられっか」
「アースゴーレム女史がいるではないですか」
「サイズの問題」

だから、と言ってみても従う輩ではないのは、火野も承知の上だ。
仕方がなく一人で食器と調理器具を洗い始めた。

「我が主よ」

ロキは時折向けられる火野のきつい視線を気にする事もなく、何時もの調子で彼を呼んだ。
がちゃがちゃと、食器と調理器具の触れ合う音と、水音だけが響く。

「このパズドラの世界において、肩書などあまり意味のないもの。主として相応しければ、誰も文句はありはしません」
「……その言い方だと、お前なんか不満があるみたいに聞こえるけど」
「まさか」

ふわり狡知の神が笑う。

「でもまあ、そうですね」

とん、と宙に浮いていた身体が地面に降り立つ。パズドラでの(勿論現実世界のアプリの方だ)ロキは、等身も相まって子供の様に見えたのだが――目の前にいるのは、子供なんかではない。まさに「神」だ。そう感じた。

「私は、火野さん貴方に、理解される気は、ないのですよ」

静かで、染みるような声その声にぞくり、と何か嫌なものが背筋を走ったような気もしたが、火野は呆れたように溜息を吐いた。
真に受ける気がなさそうなその態度に、それでもロキは満足そうな笑みを浮かべる。

「……お前の食い物の好みの話だろそれ」
「おや、分かりました」

ティランもホノりんも、ギガンテスもシャイターンも、そしてアースゴーレムも。
ロキ以外の好みは、とうに判明していた。彼ら自身が教えてくれたり、実際料理を与えてわかった事もある。
だが、ロキだけは分からない。別に食べる事に興味がないだとか、火野の料理が口に合わないだとかそういう事ではなさそうなのだが。

「てかいい加減なんか言えよ。作ってやるから」
「まあそのうちに。気が向いたら」
「じゃあ当ててやるから覚悟しろ」
「期待せずにおきます」

火野の洗い終わった食器類を指を鳴らして『どこか』へ収納すると、ロキは火野の背中に向けて呟いた。

「神の御膳に並ぶものなんて、決まってるじゃないですか」

その顔を火野が見なかったのは、恐らく幸運な出来事なのだ。