白黒的絡繰機譚

ぬくい

「ああ眠い」

ふあ、と欠伸とそのような声が聞こえ、寝床で丸まっていた私は沈みかけていた意識をぐいと引き上げられた。眉を顰めつつ片目を開けると、すぐ下の弟がおぼつかない足取りでよろよろと歩いてきている所だった。そのままよろよろと歩き、弟は私の隣にぺたんと尻をついた。それから二言三言何か呟くと、またよろよろと身体を横たえた。ふわり、と私の頬に弟の息がかかった。

「矢二郎」
「んん、何だい兄さん。俺は眠い」
「俺だって眠い。お前飲んできたのか」

弟の息からは、久しく嗅ぐ事のなかった偽電気ブランの香りがした。弟は私の問いかけには答えず、ぴすぴすと鼻を鳴らし、そしてすぐ横だった身体を更に近づけた。ひたり、と弟の体温で右半身がぬくくなる。

「久しぶりにしこたま飲んだよ。良い気分だから偽叡山でもやろうかと思ったが、一人じゃあやはりやる気が出ないな。だから帰って来た」
「そうか」
「今度は兄さんも一緒に行こう」
「俺は飲まないから、矢三郎の方が良いだろう」
「いや」

弟は顔を上げて、私を見た。

「兄さんがいいな」
「……」

ぐいぐいと弟が私に身体を押し付ける。偽電気ブランで温まった身体はまだ寒いこの季節に心地よかった。

「……そうだな。俺ももう少し酒の味に慣れた方が良いのかもしれん」
「酒は旨いよ。一人よりも二人ならもっと旨い」
「そんなものか」
「そんなものさ」

それに、と弟は酒臭い息を吐いた。

「酔った兄さんというものを、一度堪能してみたいと思うのだ。いつも酔った俺を兄さんが堪能するばかりだ」
「この阿呆が」

皆が近くで寝ているので、私は出来うる限り小さな声でそう言って弟の頭をはたいた。いて、と唸って弟は身体を丸めた。けれども、私にくっつけた身体を離す事はない。

「全くお前は、碌でもないな」
「弟に酷い事を言う」
「阿呆に阿呆と言って何が悪い。全くこれだから酔っぱらいは……早く寝ろ。俺も眠い」

はぁい、という間の抜けた返事を聞いて、私と弟はぎうぎうと身体をくっつけて丸くなった。すると、もぞもぞと音がした。

「……矢四郎か、どうした」
「兄ちゃん、僕も入れて」

今にも眠りこけてしまいそうな声で、末弟がそう私たちに声をかけた。頭を上げると、少し離れた場所で寝ていたよ末弟がよろよろと近寄り、そのままもぞもぞと私と弟の隙間に入り込もうと四苦八苦している。

「おい、矢四郎もっと広い所へ行け」
「だって寒いよ兄ちゃん」

もごもごとそう言いながら、末弟は小さな身体を何とか隙間へと押し込んだ。私の腹の辺りがより一層ぬくくなる。私と弟の身体の隙間から、ぴょこりと末弟の尻尾がはみ出して揺れた。

「……矢四郎、ぬくいか」
「うん、ぬくいよ兄ちゃん」

そうか、と息を吐いて私は目を閉じた。
頬には偽電気ブランの匂いが当たり、腹には末弟の寝息が響いた。それにつられるように私は眠りへと落ちていくのだった。