5回目の朝
1回目、起きられる筈もなく。丁寧に優しく慈しむようなつもりで触れたけれど、それでも負担をゼロに出来るはずもなく。君は沈む様に泥の様に眠っていた。
2回目、3回目、4回目も同様に。
先にどころか、一緒に起きることも出来ない自分を責めてしまう君を慰めながら、その伏せた瞳にどうしてもそれより前の出来事を思い出してしまった。
だから私は勝手に、5回目となる今回もそうだと、思っていた。
目を覚まして最初に感じたのは、左手に触れるシーツの冷たさだった。
ゆるりと覚醒していく意識の中で、冷たい……というか寒いとは思っていた。けれどそれが本当に、本当に冷たいものに触れている所為だとどうして思うだろう?
何時もはこうして目を覚ますと、私の腕の中では君がすうすうと寝息を立てていた。そのどこか幼くて深く眠っている顔を見る度に、私は彼が眠りにつく前に無理をさせてしまった事を後悔し、けれどもその残り香がない乾いた生え際にキスを落とす。身動ぎ一つしない彼の眠りの深さからして起きないだろうとは思うのだが、私はとても注意してベッドを抜け出すのだ。
「……やあ、ジョンおはよう。ベッドルームに行ってはいけないよ」
私が起きて最初に挨拶をするのは君ではなく、ジョンだ。
散歩と朝食を待つジョンの頭を撫でて、少し待ってくれるようにお願いをする。
頭のいいジョンは私のお願いを分かってくれて、大人しく私がコーヒーを煎れてトーストを焼くのを待っていてくれる。
二人分用意したそれをトレイに載せて、君がまだ眠るベッドルームへと戻る。
そんな5回目が、あると思っていたのに。
「……イワン?」
のそりと身体を起こしてベッドルームを見渡してみても、彼の姿は見えない。確認した時計の時刻も正確で、今まで通りならば彼はまだまだ眠りの中の筈だ。
けれど私の右隣は冷え切っていて、彼が随分と早く起き上がったことを証明している。
しん、と静まり返った、彼の寝息が聞こえないベッドルームは、まるで自分の家なのにそうでは無い様だった。たった4回。されど4回。それだけの回数で、私は。
どこか自意識過剰な不安を抱えながら、私はベッドから起き上がり、廊下へと続くドアを開ける。
「イワン……? ジョン……?」
やはり静まり返ったそこには、何時もは散歩と朝食の為に私を出迎えるジョンもいない。
そろりそろりと何かに怯えた様に一歩ずつ歩みを進め、私はリビングのドアを開けた。
「っと、ジョン?」
「わんっ」
私がドアを開けた瞬間、飛びかかる様にジョンがすり寄って来る。
はち切れんばかりに尻尾を振るジョンは、私に日課の散歩を要求しているようだ。
「ジョン、おはよう。……散歩は、もう少し待ってくれないかい? 朝食は……ああ、貰ったようだね」
ジョンの皿には、食べかけのドッグフードと水は入っていた。誰がそれを入れたのか、なんて事は分かり切っている。だってこの家には今、私とジョンと彼しかいないのだから。
「イワン」
ジョンに朝食を与えてくれた彼の名を呼んで、その身体へと近づく。キッチンのカウンターには、まだ湯気を立てるコーヒーとトーストが寂しげにトレイに鎮座している。
それを疲れた、眠気の抜けない身体で用意した彼は、ソファに座って肘掛けを枕代わりに眠っていた。4回目の時に洗濯して置いて行ったズボンとTシャツを身に着けたその白い首筋からは、夜の名残は感じられない。そういう見えるところに付けると、彼の機嫌を損ねてしまうからだ。私としては一度くらいそれをやってみたいのだが、まだ実現に至ったことはない。
「……」
「イワン」
普通ならば私から起こす事はないのだが、今日のこれは起こした方が良いだろうと判断して、耳元で名前を呼ぶ。
「イワン」
「……んー……」
もぞり、と反転した身体が、私の胸に寄り掛かる。一瞬喜んだのもつかの間、ソファに比べると固いその感触に違和感を感じたらしく、彼の伏せられた目の睫毛が揺れた。
「うあ……?」
「やあ、おはようイワン」
「……!? き、キースさん、起きてっ」
飛び起きた拍子に出来た距離に少し寂しさを感じつつ、私は手を伸ばして彼の頬に触れた。
恥ずかしさからだろうか、ほんのり赤く染まったそれは心地よい熱さを孕んでいる。
「起きたら君がいないから、寂しかった。とても寂しかった」
「……僕は何時だって起きたら、キースさんがいません、けど」
「寂しかったかい?」
「……」
「イワン」
「まあ、ちょっとは」
「私はとても寂しかったよ」
身を乗り出して、頬にキスをした。1回で満足できなくて、鼻先、目元、瞼、額、生え際。沢山いろんな場所にキスを落としていく。
そういえば、ベッドの中でもこんな順でキスをしたような気がする。思い違いかもしれないが。
「でも、君が朝食の用意をしてくれているのと、ここでこうやって眠ってしまっているのを見たら、寂しさなんて吹っ飛んでしまったよ」
律儀だと思った。そして、愛しいと思った。
「……イワン、どうしようか」
「何が、です?」
「ここで君が用意してくれた朝食を食べて、一緒にジョンの散歩に行く健全な朝を過ごすべきか、それともこの場でまた君を押し倒してしまうべきか、悩んでるんだ」
「なっ……!?」
ほんのり、どころではなく彼の顔が赤く染まる。
そして大人しくまた朝食を食べていたジョンが、散歩を放置しないで!とばかりに一声鳴いた。
「どうしようか?ジョンは前者を支持するようだが……」
「……」
何時もは、こうやって聞く事もなく前者を選択するのだけれども。
「……」
「どうしようか?」
「……ええと、その」
折角、君がこうやって新しい朝を教えてくれたのだから。
「うん」
「あの」
「うん」
「……い、一応、前者で……」
「一応。一応というのは、散歩が終わってからもう一度考えよう、という事で良いのかな?」
「聞かないでください……」
「分かった。じゃあ君が用意してくれた朝食を食べようか」
「冷めちゃってますよ、多分」
「気にしないさ」
熱い身体にはきっと、その方が心地よいのだから。