白黒的絡繰機譚

キットンスイッチ

「今日は帰って飯が食いたい」

能力をやや低出力で発動したら終わってしまう本日の出動の後、彼はヒーロースーツを脱ぎながらそう言った。俺はその出動に関する報告事項や提出書類のデータを作成しながら「分かりました」と返事をした。データの作成はもう慣れたもので、すぐに終わってしまう。保存し文章作成アプリを閉じて、次に起動させるのはレシピのポータルアプリ。冷蔵庫の中身を思い出しながら、検索条件を入力してタップ。候補が多い。数時間前の昼食の内容と、その店の前にあったメニューボードを浮かべる。確か彼の視線はあの2つで少しだけ、迷った。条件を追加して絞り込み、レシピの詳細をチェック。これなら俺でもなんとかなりそうだ、と判断して、それをブックマークした。
丁度彼はヒーロースーツから普段の服に着替え終わったところで、俺をちろりと見てから無言で歩き出す。ああ、これはかなりきているな、と俺は思った。タブレットをスリープ状態にして、すぐ後を追う。


「――ああぁ、つっかれたぁ」

玄関の扉を開けるや否や、彼はそう言って俺の背にのしかかった。
疲れた、と言ってはいるが、それは適切な言葉ではないと思う。他の表現をするなら……スイッチが切れた、とでもするのが良いだろうか。

「もう少し、我慢できないんですか」
「やだ。俺様歩きたくなぁい」
「……仕方がない人だ」

ずるずる、引きずるように彼を背に引っ付けたままリビングまで歩く。ソファの肘掛けに腰掛ければ、そのまま滑るように彼の身体はソファへと移った。

「ねむ……」
「寝ていて良いですよ。疲れているのなら」
「意地悪だなぁ、アンディ」

ちょいちょい、と彼の人差し指が俺に命令をする。溜息を吐いてそれに従って、彼の頭の方へ移動した。ソファに当たって窮屈そうにしているサングラスを取って、テーブルの上へ。金髪を撫でてやると、まるで猫のようにもっとと要求する。
――今の彼は、スイッチが切れている。まるで子供の様に振舞って、俺に我儘を言う。

「アイス食べたい」
「チョコ、バニラ……それとクッキー&クリームがありますが、どれに」
「全部ー。あ、この前貰ったビスケットあるだろ、あれに挟んで。あとスナックまだある?」
「あります。……もうそろそろ貴方がこうなるかなとは、思っていました」
「アンディったら俺の事分かってるぅ」

撫でられるだけじゃ足りなくなったのか、彼が額を擦り付ける。要求に従って、額にキスをした。
今までそんな機会も余裕もなかったけれども、俺はこうやって子供(と言ったら彼は不貞腐れるのだろ)の世話を焼くのは嫌いじゃないのかもしれない。彼以外の世話は、焼いた事がないけれども。

「アイスとスナック、持ってきますから離れますよ。それに夕食の準備も。豚肉焼いてあげますから。ポテトもつけます」
「食いてぇけどもうちょっと……俺様今、アンディ不足なの」
「何ですか、それ」

すりすり、とこすりつけるように掌にすり寄る彼は、まるで子供や猫のようだ。
俺はきっと、それらの世話を焼く事が嫌いではないのだろう。
……彼以外の子供や猫の世話を、本当に焼きたくなるのかは、分からないけれども。