学習
「もう限界です」さて、その声を聞いて俺の脳裏に浮かんだ事はいくつかある。
サインをしてくれと頼まれた書類を会社に置いてきた事、人の目のあるところでつい腰を抱き寄せてしまった事、小言を無視してランチで好物しか食べなかった事。考えれば小さなことから何でも浮かんで、一体どれの事なのかさっぱり分からねぇ。
んん、一体今日はどれかね。
「ライアン、聞いていますか」
なんて考えていたら、尖った声がまた俺を呼ぶ。うーん、近い。ま、そりゃそうか。今俺達がいるのはベッドルーム。俺がベッドの上に転がってて、アンドリューが見下ろしていたのがちょっと前の状態。今は膝をついていて、髪の毛がちょっと当たってこそばゆい。
「聞いてる聞いてるー。んで、何が限界?」
「……」
ふい、と視線が外れる。頬にかすった髪の毛がやっぱりくすぐったい。ううん、ずっと同じ髪型だけど、一回バッサリ切らせるのも良いかもしれねぇなぁ。勿体なくはあるけれども。
「あの、ですね」
「ん」
「……ここで何か、言う事はないですか」
視線はまだ逸らされたままで、合わせる様に首を傾けると更に逃げる。珍しいなぁ、と俺はボンヤリ思う。頑張って視線を合わせないようにしている所為か、普段よりなまっちろい首筋がよく見えた。基本上からしか見ないしな。人種的って言うより、日の光を浴びてねぇんだなって事が分かる白さだ。
「んー……アンタ本当に白いなぁ?かな」
「……」
む、と眉間の皺が深くなる。
「他には」
「白すぎて困る」
「他には」
「……キスマークつけたい」
だったら、と少し震えた声がして、視線が合う。怒られっかな、と思ったけれど、違う。これは、見た事がない顔だ。
「なんでそうして、くれないんですか」
「……いいの?」
「駄目だったら、そもそも……こんな……」
あーあ、大事に大事にしてやりたかったのに。
こんな事言われたら、もう大事になんかしてやれねぇ。