白黒的絡繰機譚

後悔は何時も遅い僕

実はオッサンな年齢のイワンカレリンなネタです。

――思い返せば、自分は美少年だった。

少年と呼ばれた時代をとっくに過ぎてから自分の写真を改めて眺めてみると、結構なレベルの美少年だった。
あの頃はいくら食べても太らないし、運動しても筋肉がつかない。赤くなるばかりで日焼けも出来ないし、目つきが悪い自分の外見体質、全てが嫌いだった。
今――もうそんな時期から20年近く経ってしまえば、正直外見なんてどうでも良い事の一つだ。寧ろ蔑ろに扱っていたあの時期を羨ましく思う。もっと有効活用する術があっただろうに。
だから、会社からその条件を突き付けられたとき、僕は二つ返事で了承した。
そんな事が出来てしまうのもきっと、僕が年をとったという事なんだろう。




「折紙君、この後予定はあるかい?」

トレーニングを終え、着替えた僕の背後から声がかかった。
振り向けばそこには少し顔を赤らめたスカイハイさんがいる。僕とは違ってまだトレーニングウェアのままの。きっと僕が帰ってしまうのをどうしても引き留めたかったんだろう。
だってこの人は――僕の事が、好きだから。それも恋愛的な意味で。

「特にないですけど……?」
「では、私と一緒に食事に行かないかい?」

どうしようかな、と考える素振りをしながら唇を尖らせる。これが結構この人をどきり、とさせる事を知りながら。
実年齢の僕がやれば、酷いポーズだろう。こうして擬態した、若い僕ならなんの問題もないどころか武器になる。ほら、赤みが増した。

新人と言えど年齢的にロートルとなる僕は、会社から「見た目だけでも」新人らしくするようにという条件を出された。
ヒーロースーツを纏えば女性陣と違って顔出しをするわけでもないし、問題ないのではと思ったけれども、こうして今みたいに全てのヒーローが一か所に集まり交流するようになった今は、その言葉にも頷くしかない。折紙サイクロンとその正体であるイワン・カレリンを結び付けて交流しなければならないのだから。
僕自身としても、新人なのにオッサン、という目で見られたらもう二度とトレーニングルームに足を運べなくなる気がする。いや、絶対に無理だ。

「駄目かな……」

中々返事をしないのを否定と受け取ったのか、先程の誘い文句から随分とトーンを落とした弱弱しい声でスカイハイさんが言う。
僕は慌てて首を振って否定をした。

「そんな!スカイハイさんのお誘いを断るわけないじゃないですか。僕なんかで良ければ是非ご一緒させてください」
「折紙君、ありがとう!そしてありがとう!すぐ支度をしてくるから待っていてくれないか!」
「はい、分かりました」

にっこり笑って見送って……そして息を吐く。楽しいけど、僕のキャラじゃないから、疲れる。
いや、元々この外見通りの年の頃はそうだったから、全くキャラじゃないって訳でもないんだけれど。でも、年齢を重ねてある程度空気や人の態度が読める様になってしまって、変な余裕が出来てしまった。

(スカイハイさんには、悪い事してるなーと思うけどね……)

でもその反面、楽しくて仕方がない。
あのKOHがこんな僕の仕草や言動一つ一つに一喜一憂するなんて!
元々スカイハイに憧れていた僕の中では、そんな憧れの人に好意を抱いてもらえてるだなんて夢みたいだ。
だから僕は、その夢が醒めない様に貴方を振り回す。
本当は美少年をとうの昔に置いてきたオジサンですから、僕は。

「――お待たせ!そしてお待たせ!」
「スカイハイさん」

何時ものアメリカントラディショナルスタイルのスカイハイさんに連れられて向かうのは、何時もの店。スカイハイさんにはきっとちょうど良い量なのだろうそれは、小食という事にしている僕の胃には少しきつい。実際はもたれるからなんだけど。
一番奥の席に座って、メニューを開く。本当は何かアルコールが欲しいけど、ぐっと我慢して頼むのはグリーンティー。好きだけど、この時間はやっぱりアルコールが欲しい。ウォッカが水代わり、という人種だから仕方がない……よね。
運ばれてきた何時もの食事を食べて、二杯目のグリーンティーを飲む。胸焼け、という程ではないけれど、もうこれ以上固形物は入りそうにない。

「良いんですか?何時も奢ってもらってしまって……」
「気にする必要は無いよ。私が誘ったのだし、年上が払うのは当然だろう?」

本当は僕の方が年上です、なんていう訳もなくありがたくいただいておく。この外見だと奢ってもらえる事が多くて得だ。
その分、ブルーローズやドラゴンキッドに振り回されて奢らされる事もあるけど、あれくらいなら可愛いものだと思う。年齢的に娘の様なものだし。

「……折紙君」
「なんですか?」

ちう、とストローからグリーンティーを啜りながら返事をする。首を傾げる事も忘れない。所謂ぶりっこ的な動作が板についたと、自分の事ながら感心するしかない。

「その、今日は……君に話があってね」
「……」

ごくり、と咽そうになるのを必死で押さえてグリーンティーを飲み込む。まさか、まさかこれは。
ずっとそれだけは避けて、楽しく温い夢だけを見続けてきたのに。

「いや、君じゃないか」
「……はい?」

何を言っているのかよく分からない。どうなるのか展開は分かっているから、とりあえず僕は逃げなきゃいけないんだけど、でも足が動かない。

「本当の君に、折紙サイクロンでも今私の目の前にいる君でもない、本当の君と話がしたい」
「……あの、何を言っているのか、よく……」

背中を冷や汗がつたう。本当の僕。
必死に美少年を保つ僕の正面で、スカイハイさんが笑う。

「前に、見たよ。今の君じゃない君を」
「……」

口がかさかさに乾いていく。じっとりと掌が汗ばむ。
ああ、一番最悪な形で僕の二度目の若さは失われてしまうのだろうか。

「……とても、綺麗だと思った」
「え?」
「今の君はとても可愛い。でも本当の君は、可愛くて、更に綺麗だった!」

ぽかん、と口を開ける僕を気にする事無く、スカイハイさんはどんどん口を動かしていく。

「君の事はほっとけないと思っていて、だから声をかけて力になりたいと思ったのだけれど、でもまさか同性に可愛いと思うことがあるなんて思わなかった。でもそれは君がまだ子供だから、そういう風に思いもするだろうと思っていた。けれどある日、私は見てしまった!ロッカールームで能力を発動させて、姿を変えた君、とても綺麗だった……。最初はそれがなんなのかよく分からなかったのだけれど、ファイヤー君に聞いてみると、本当の君の事から、この感情の正体まで教えてくれた。だから私はファイヤー君に伝えたい、ありがとう、そしてありがとうと!そして君に、好きだ、そして愛していると!」

……なんでファイヤーエンブレムさんが知っているんだろう。
僕が理解出来て疑問の思えたのは、それだけだった。

「ねえ、折紙君。私は君の恋人になれないだろうか。もしかして年下は好みではないだろうか」

しゅん、と頭を垂れるスカイハイさんはまるで犬みたいだ。
そしてまだどうしていいか分からない僕は、一体何なのだろう。

「折紙君」

何も考えられなくて、集中力はどこかへ行って、擬態が解除される。
少しボリュームの減って、白いものが混じる髪、皺のある目元、くたびれた表情、少しかさつく肌。
どこれもこれも、綺麗には程遠い今の僕の構成物だ。

「綺麗だよ」

それでも、この人はそう言ってほほ笑む。僕はもう、美少年を無残に捨ててしまったオジサンなのに。
――ああ、もう。僕は昔からそうだ。終わった事ばかり後悔して。失くしたものばっかり後悔して。
きっとこれは、そんな後悔ばかりの僕の、都合の良い夢なんだろう。そうじゃないとおかしい。

「……」

ちっとも綺麗なんかじゃない顔でただただみっともなく泣く僕を、スカイハイさんはそっと隣に座って抱きしめる。

「折紙君」

綺麗じゃないけど、若くないけど、でもまだきっとこれは夢だから。
夢だから、このまま貴方にキスしても、恋人になっても、いっその事ホテルに行きませんか、なんて言っても多分許される。
そしてホテルで目覚めて、それでも綺麗だって言われたら、これは現実なんだ。




――身体が重い。夢の中なのに。
そりゃああんだけ年甲斐もなくヤれば、身体が重いのは当たり前すぎるのだけれど。
綺麗だ、可愛い、好きだ、愛してる。
そんな言葉をひたすら聞いて、受け止めて、泣いて鳴いて、泥のように眠って今に至る。眠って起きたけれど、今はまだ夢の中だ。そうに決まっている。

「――おはよう、そして綺麗だよ。私のイワン」

そうだと、思っていたのに。
ゆるゆると開けたくなかった目を開けると、そこには酷く穏やかな顔をしたスカイハイ――キースが、いた。

「……」

ぼろり、とまた涙が零れる。昨日から僕は泣きっぱなしだ。年をとると涙腺は緩むんだろうか。

「い、イワン!?どうしたんだい!?私は何か、君にしてしまったかい……!?」
「……きーす」

涙で歪む視界に映るのはキース、そして彼には不釣り合いな安っぽいラブホテルの内装だけ。

「こんなぼくで、いいのかな」

オジサンで、ネガティブで、卑怯で、でも欲張りの寂しがり屋。
綺麗の欠片も持ってなくて、キースには、スカイハイには釣り合わない。

「何度も言ったじゃないか」

キースが僕の掌に唇を落とす。そこから潤っていく様な気がした。

「――君じゃないと、駄目なんだ」