白黒的絡繰機譚

助けてヒーロー!!

出所後ライアンの秘書やってる設定。虎徹×バーナビー要素有り

それは突然やって来た。

まず前提の話をしようか。俺、ライアン・ゴールドスミスは恋をしている。きっと一生報われないんだろうなぁ、と諦め半分の恋だ。恋って奴の終着点が同意の上のセックスなのだとしたら、報われているといえる。けれど、同意というのを「セックスしようか」「いいですよ」ではなく「アンタが好きだ、セックスさせてくれ」「俺もです。セックスしましょう」なのだとしたら、もう絶対に報われない恋だ。それくらい難易度の高い恋をしている。
そんな俺の恋の矢印が向かう相手は、アンドリュー・スコットという。初めて会った時は、ヴィルギル・ディングフェルダーという名前だった。そう、男だ。因みに相手が同性で更には年上だとかそういうのは、俺の恋の難易度に何も関係しない。アンドリュー……アンディは、何というか俺の好みドストライクの容姿をしていた。シルバーブロンドにゴールドの瞳、ちょっと目つきは悪すぎるが、整った顔は美人と言うに相応しい。差が頭一個分に近い身長もわりとベストだし、更には仕事も出来る。アポロンメディアの勧誘を受けたのは金の事も勿論あるが、交渉役にアンディがやって来たってもの大きい気がする。なのでもう最初っから俺は誘ってみた。

「――この条件で、宜しいですか」
「ん、ああ、いーよ何でも。それよりさあ」
「はい」
「今夜ヒマ?」
「生憎、夕方の飛行機で戻らなければならないので」

が、それはそんな感じで玉砕した。まあ予定は予定だから仕方ない事と諦めて、それから俺は隙を見つけてはアンディに誘いをかけてみた。全部かわされた。因みにシュテルンビルドでの新しい相棒であるジュニア君も俺の好みにはドストライクだったが、あれはどう見ても元相棒とデキていた。誰がどう見たってデキていた。俺は間男する程野暮でも馬鹿でもないから、ちょっと残念だなぁと思いつつジュニア君にはちょっかいをかけなかった。
そして、相棒とどう見てもデキていたジュニア君が拗れちまったその関係を修復する間に、アンディはジャスティスデーの大事件をやらかし、俺はシュテルンビルドじゃない土地でヒーローをする事になった。あんな大事件をやらかした犯人だって事は百も承知なのに、俺はやっぱりアンディが好きだった。この頃になるともう、一発ヤりたいだけじゃなくてマジで好きなんだなと気がついて、自分で驚いた。なので、シュテルンビルドから発つ前日、俺はアンディに会って、言った。

「アンタがそこから出たら、俺と一緒に来いよ」

明らかに怪訝な顔をするアンディに笑って、俺は海の向こうの大富豪の元へと旅立った。
そこから数年、俺はちゃんと有言実行をして出所したアンディをどこかのバディヒーローよろしくお姫様抱っこで捕まえて海の向こうへと連れて行った。ぽかんとするアンディをうやむやのうちにベッドに押し倒して美味しく頂いて、

「アンタを愛してる」

なんて耳元で囁いたりして、今に至る。
ヒーロー業は順調そのもので、俺はこのエリアでのKOHだ。シュテルンビルドみたいにどっかんどっかん事件が起こる訳じゃねぇけど、まあ仕方ない。というかあそこは事件が起きすぎだ。
アンディには、俺のマネジメント業をやらしている。やっぱりアンディは仕事が出来るので、もう俺はホントヒーローだけやってりゃいい状態だ。仕事面だけ言えば、俺は順風満帆そのもの。
問題は、私生活面だ。最初に言った通り、俺はアンディに対して報われる事のない恋をしている。
それは何故か?答えは簡単だ。アンディは俺を受け入れはするが、自分から決してアクションをしない。愛してると囁こうと、キスをしようと、抱きしめようとセックスしようと、何をしてもアンディは抵抗しないが、自発的に返しはしない。俺はまるでお人形ごっこをしているような滑稽な毎日を送っている。そんな事をしているのに、俺は何時まで経ってもアンディを嫌いになれない。諦めてただの雇用主と秘書になれれば良いと、俺も常々思っている。でも出来ない。これだから恋って奴はたちが悪い。

そんな俺に、何時もの様に朝が来た、筈だった。




「――おはようございます」

目を覚ますと、俺の横にはアンディが寝ている。寝る前自分のベッドルームに行こうとするのを無理やり連れ込んだ記憶がある。勿論がっちり抱き込んで逃げられないようにもした。
ここまではいい。ここまでは普通だった。問題は次の瞬間だった。

ぎゅっ、ちゅっ。

そう、効果音にするとそんな感じだ。何がそんな感じなのか、アンディの行動だ。
ぎゅっ、てのはアンディが俺の肩を引き寄せた音。ちゅっ、ってのはそうだ、あれだ。
アンディが、俺の頬に、キスをした。

「えっ、ちょ、今、っ」
「朝食用意しますから、早く着替えて来てください」
「えっ」

俺がその事実を飲み込もうと必死になっている間に、アンディは俺の横からすり抜けてベッドルームを後にする。残されたのはパン一でポカンとした俺只一人。
……ヤバい。なんかもう色々とヤバい。今俺パン一のはずなのに、すげぇ身体が熱い。頬なんてもう、これ燃えてるんじゃないかってくらい熱い。そんな熱すぎる頬を引っ張ってみる。あ、ヤバいこれ夢じゃない。ヤバい。心臓も同じくらいヤバい。ヒーローデビューした時の緊張とか、そういうの目じゃないくらいバクバクしてる。ヤバい。
あのアンディが!俺が「おっはよ、アンディ」とか言って同じ事をしても、無表情で眉を顰めるだけだったアンディが!俺に!自分から!キスをした!
「何故なんでどうしてどうなって?!」なんて疑問と「やばい唇の感触ヤバかった」って喜びと「これ何俺今日死ぬの?!」なんて不安がないまぜになってもうどうしたら良いんだかちっとも分かんない。ちっとも分かんないけど、とりあえず俺はサイドボードに投げてた携帯を手に取って、リダイヤルの上から5番目をタップして2コール。すぐ繋がった。

「ちょっとジュニア君アンタなんか吹き込んだ!?」
『は?何ですかいきなり』
「いや、絶対吹き込んだだろ!アンディが自分からあんなことする訳ないって俺知ってるし!悲しいけど知ってるし!どうせジュニア君はあのオッサンにそういう事しちゃってんだろ?!それでふと俺のこと思い出して、アンディに『ライアンにもこういうことしてあげたらどうです』とか言ったんだろ?!アイツ俺の言う事割と適当に流したりする癖に、アンタの言う事はしっかり聞くじゃん俺知ってるからな?!」
『色々突っ込みたいんですけど、とりあえず僕は虎徹さんにしてないと思います。何のことかは分からないですが』
「やっぱ吹き込んだんじゃん!」
『吹き込んでもいません。ライアン貴方受話器に近すぎますよ。耳痛いんですけど』
「俺はもう心臓が痛くて死にそうなの!」

マジ、マジ死にそう。携帯持ってる手は震えてるし、身体は熱いし、心臓バクバク言ってるし。頬にキス、なんて挨拶みたいなモンだって分かってる。分かってるけど、俺は今にも死にそうな程驚いて、喜んで、愛しくなってる。

『それなら僕に電話なぞしてないで、病院に行くなりなんなりしてください。切りますよ』
「え、ちょっとジュニア君つめた」

い、と言う前に通話が切れた。ツーツー、と何度か告げた後待受画面に切り替わった携帯をまたサイドボードに置いて、俺は枕に突っ伏す。
まだ顔が熱い。身体も熱い。二度寝なんか出来やしないけど、ベッドから出る事なんて出来そうにない。もう一度ジュニア君に電話しようかなとも思ったが、多分あまり気の長くないジュニア君は俺のコールを無視するだろう。もしかしたら、これからオッサンと宜しくやるのかもしれない。そんな事はまあどうでもいいか。いい加減着替えないと、アンディが怪訝な顔で覗きに来るはずだ。ちょっと顔でも洗って落ち着かないと、アンディの顔を見れそうにもない。このライアン様がホントなんてザマだ!

「――ライアン貴方また寝て」
「行く行く今行くからあああ!!!」

コンマ1秒でベッドから飛び出し、俺は俯いたまま猛ダッシュで洗面所に駆け込んだ。




洗面所で顔を洗うと言うか、頭ごと水に浸けて何とかマシになった俺は、髪の毛のセットを後回しにして、とりあえず着替えてダイニングテーブルに座った。前にはいつも通りの朝食が並んでる。クロワッサン、デニッシュ、ベーグル、バケット。レタスとトマトを切っただけのシンプルなサラダ。ベーコンを敷いてチーズを散らしたココット。どれもこれも旨そうだとは思うんだが、今の俺の喉はどれもこれも通しそうにない。俺がココットの黄身を潰しながらどうしたもんか、と思ってる間に、俺の目の前のアンディはもくもくとベーグルを食っている。ちくしょう、なんで両手でちんまり持って食ってんだよ可愛いなおい!

「食べないんですか」

ベーグルを半分食べたアンディが俺に聞く。食べたい気持ちはあるし、腹も実際早く何か寄越せと訴えてる。でも、アンタの不意打ちでいっぱいいっぱいの胸がそれを拒んでる。アンタ、分かってる?俺の食欲不振の理由が自分だって。

「食う……」
「ようには見えませんが」

ああ、そうだな。ソウデスネ。ココットの黄身はもうぐちゃぐちゃだ。旨そうだけど、それだけ。このまま折角融けたチーズが固まっちまうのは、惜しいと思う。ベーコンの脂も、冷えちまうと駄目だ。

「あー……」
「……お手伝いしましょうか」
「んあ?」

何、手伝いって。
俺が何のことかさっぱりです、とやってる間にアンディは自分のベーグルが載った皿を持って、正面から俺の隣の椅子に移動する。そして、俺の手からフォークを取り上げ、ぐちゃぐちゃになったココットを一口サイズに切って、突き刺し、差し出す。
……ちょっと待て、何やってんだアンディ!

「あっ、えっ、アンディ?」
「口を開けてください」

ずい、と差し出されたココットの切れ端。とろとろと黄身がこぼれて、ココット皿に戻っていく。その向こうには、いつも通りの面のアンディ。いつも通りじゃないのは俺だけか?

「冷めてしまいます」
「あ、ああ……」

観念して口を開ける。舌先に載せられるココット。コショウが効いたそれは、俺がアンディに教えたやり方だ。だってコイツ、仕事は出来るけど、それ以外はからっきし駄目だったんだから。今だってイマイチ火を使わせたくなくて、全部オーブントースターに突っ込めば出来るようなメニューだ。

「パン、どれにします」
「何でも……」

そんな事考えている余裕なんて、俺にはない。また顔が熱い。身体が熱い。心臓が痛い。このままじゃ死んじまう。このエリアのKOHの死因にしては、酷すぎてゴシップにもし辛い内容だ。
落ち着け俺、所謂「はい、あーん」なんて今まで何回かやった事があるだろう。いや、俺がコイツの口に残したメシ突っ込む事をそれにカウントすればだけど。俺にも、なんて言ってもいっつも無視されてたけど。自主的になんて夢みたいだけど。俺やっぱりまだ夢見てるんだろうか。にしてはコショウが効きすぎてる気がするけど。

「口、開けてくださいと言っているじゃないですか」
「はぁい……」

機械的に口を開ける。多分千切ったクロワッサンが入ってきた。クロワッサンの味なんて一かけらも分からない。それどころじゃない。唇に指が掠めていく。当たるフォークがやけに冷たく感じられる。それくらい顔が熱い。噛んで飲み込んで、喉を何とか通して、でもまだココットもクロワッサンも終わらない。まだ朝メシは山ほど残っている。
きっと自分でかき込めばすぐ終わる。分かってるけど、俺の手が動かない。また一かけら、まだまだ終わらない。

「もう、無理……」

まだ今日も朝メシも三分の二も残ってるなんて嘘だと信じたい――。




『マジでジュニア君何にも言ってねぇの?絶対言ったっしょ!怒んないから白状しなって』

インスタントメッセンジャーでそう送ってみるも、3時間以上経った今でも既読にすらならない。あ、シュテルンビルドってもしかして夜中?
さて携帯をチェックしつつ俺様は何をしているのか。答え、テレビ流してリビングで寝そべってるだけ。
もう自分自身が使い物にならないのは分かっていたから、アンディだけ会社に行かせて自宅療養をする事に勝手に決めた。俺が休む!と言ったらアンディは熱でもあるのか、とデコをくっつけて来ようとしたので全力で逃げた。もうあれは俺の最高速度だったかもしれない。火事場の何とやらも真っ青だな。
アンディと離れて時間が経ったからか、やっと俺は俺を取り戻した気がする。頭も何とか色々考えられる程度に回転し始めて、身体も顔も熱くはない。

「……アンディ」

恋をしている。一生報われないんだろうなぁ、と諦め半分の恋だ。拒絶はされないが、求められもしない恋だ。そう思って、多分、だからこそ本気になれていた、そんな恋だ。そうだった筈だ。
今もまだ、本当に「だった」になるのかは正直分からない。聞いてみるのが一番いいんだろうが、それが出来るかどうかはちょっと怪しい。どんな答えが出ても、俺の心臓が止まる気がする。割とマジで。
携帯を見る。まだ既読もつかない。時差が何時間あるのか思い出せない。
ちょっと首を捻って、廊下に続く扉を見た。多分、もうそろそろ帰ってきちまうだろう。どうせ仕事なんて大して溜まってないのは分かってる。だってアイツ優秀だもん。すげー仕事できるの、俺知ってるし。
そんな事を思ってたら、案の定玄関が空いた音がした。がりがり、とドアマットを使う音、足音、ノブを押す音。

「帰りました」

帰ってきちゃったな、アンディ。行くときにはなかった紙袋抱えて、無事お帰りですよ。無事じゃないのは、家にいた筈の俺の方だな。はいはい、分かってますよー。

「……なに、それ」
「新しいベーカリーを見つけたので」

とんとん、と歩いて、寝そべった俺の顔のすぐ横に腰を下ろす。なんで、なんでそんな近いの。いっつも20センチは間開ける癖に。

「どれ、食べますか。貴方の好きなの、いくつか買ってきました」
「俺の好物、覚えてんの」
「勿論です」

いや、ここは熱くなるとこじゃない。普通にデータとして、アンディは俺の好物を把握してる。当たり前だ、落ち着け俺。
言い聞かせてみても、俺の身体はまた反応している。酷いぜ全く。

「なあ、アンディ」
「はい」
「どしたの、今日」

アンディがきょとんとした顔で瞬きをした。可愛いなって思っちまう俺はホント重病患者だ。虎徹さん虎徹さんってあのおっさんの話しかしないジュニア君といい勝負だよ。

「……起きてですね」
「うん」
「貴方がいるのを確認して」
「うん」
「するのが普通な気がしたので、そうしました」
「悪ぃ全然分かんねぇ」

そうですか、とアンディが何時ものような平淡な声で言う。なんで声は普通なんだよ。だから余計俺が混乱するんじゃん。

「分かりませんか」
「わかんねー。ちっともわかんねー」
「……恐らく」

冷たい手が、頬に触れた。本当に冷たいのかは、俺の顔が熱すぎるのでよく分からない。まあ何だっていいだろう。

「貴方の事好きなんだと、気がついたんです」




ライアン・ゴールドスミスは恋をしていた。一生報われないんだろうなぁ、と諦め半分の恋だった。
恋が成就したんだという事実が身体中を駆け巡った瞬間、絶対、一瞬心臓が止まった。




――だって俺、その時キスされた記憶がないんだぜ。