白黒的絡繰機譚

strong

Rising後ネタ

「――ねえ、アタシね、やっと吹っ切ったのよ」

とあるバーのカウンターで、彼女は火のように赤いカクテルを一口飲んでそう呟いた。

「ん?何をだよ」

返したのは隣に座る彼である。彼女がやって来るまで、ああでもないこうでもないと身振り手振りを交えて大袈裟に悩んでいた。彼女がやって来てからはそれを止め、一緒に酒をゆっくりと飲んでいる。
ぱちり、と彼女は瞬きをした。

「何、と言われると言葉にし辛いわね、そう言えば。でもアタシはやっとアタシになったのよ」
「……?まあ、なんでも良いけどよ」

彼の返事に、彼女はくすくすと笑った。彼女は、彼のそういう詳しく追及しないでくれるところ(それが例え面倒くさいだとかそういう理由だとしても!)が好きだった。グラスに残っていた最後の一口を飲み干す。コースターに戻されたグラスの淵を、つるりと赤い滴が回る。

「ねえ」

つい、と彼女の左手が彼の頬を撫ぜる。整えられた爪に彩られた指先は、唇を掠めていった。

「出ましょ」
「まだ飲み足りねぇんだがなぁ……」
「後で好きなだけ奢ったげるわよ。だから」
「分かったよ」

彼が息を吐いて立ち上がる。ポケットから無造作に紙幣を取り出してカウンターに置いた。彼女も立ち上がり、彼の逞しい腕にそろり、と自身のを絡ませる。

「おっ?」
「……ふふ、大胆でしょ」

彼女はそのまま、彼の肩に頬を寄せる。彼は「人前で尻を揉む奴が何言ってんだ」と言いながらそのままバーを後にした。




彼と彼女が腕を組んで向かったのは、何時ものホテルではなく、彼女の自宅だった。

「そうだろうと思ってたが、デカい家だな」
「だってアタシ、ヘリオスエナジーのオーナーだもの」
「知ってるよ」

そんな事を言いながら玄関を抜け、階段を上り一つの部屋を目指す。彼ら以外誰もいない家は、しんと静まり返っている。辿りついた寝室も、勿論そうだ。ドアを開けて、彼女の指が押したスイッチで暖色の照明が灯る。

「……」
「……想像していたのと違った?」
「いや……なんて言うか……」

豪奢な寝室だった。けれどもそれは、大人の寝室というよりは、背伸びをした少女の寝室のようだった。

「いいのよ。似合わないのは分かってる。だから今まで、アナタを招いた事がなかった。……でもね、やっとそれも良いって思ったの」

するり、と彼の腕から自身のを抜いて、彼女がベッドに腰掛ける。

「昔から、女の子になりたかったわ。そんなの、もう終わりにしたと思っていたけど、アタシやっぱりずっと女の子になりたかったの」

ぽんぽん、と彼女が隣を叩く。おろおろしていた彼はそこに腰を下ろした。

「勿論なれないのを知ってて……諦めてアタシはアタシだって、ずっと言ってた。そう出来てたつもりだったわ」

彼の頬に手を添えて、そのままキスをした。引いたルージュが彼の唇から少し、はみ出した。

「アタシ今までアナタの前でも、そんな風にしてたのよ。多分。アンタ元々ノーマルだし……アタシは女になれないんだって、昔から痛い程知っていたのに。それなのになーんにも、傷なんて一つもないのよって顔してたらこの前のアレなんだもの。バカよね」
「……」
「でもアタシはやっぱりアタシなの。それ以外にはなりようもないし、なりたいとも思わないわ。それをやっと分かって、理解して――アタシはアタシになったの」

ふふふ、と彼女は笑って、彼の腕を引いてベッドへ身体を預ける。そのまま首筋へキスを落としていく。

「ねえ、今夜はアタシを見て」
「なんだその、何時も見てねぇみたいな言い方は」
「そうじゃないわ、そうじゃなくて……ああもう、説明できないわ。もう早く、抱いて。そうしたら分かるわ。ねえ、アントニオ、早く」

彼のベルトに手をかけた。

「分かったよ。……何かよく分かんねぇけど」

彼の手もそれに続く。

「分かるわ、直ぐに」

『アンタはそれが出来る男だって、アタシ知ってるもの』
――彼女のその言葉が、その夜最後に意味を持った言葉だった。