白黒的絡繰機譚

宿泊チケット

「これを、やる」

どん、と男がテーブルに置いたのは、メイクボックスだった。
彼女――本人の意思を尊重すると、彼女と呼ぶべきである――は、ぱちりと睫毛で重たげな瞼で瞬きをして、それをまじまじと見つめた。
全体はオレンジに近い赤い布、持ち手や縁も濃い赤で統一されている。促されるままに開けた内貼りは彼女の好きなピンク色だ。

「アナタ、これどうしたの?」
「どうしたって……作ったんだよ」

また彼女はぱちくりと瞬きをした。

「作ったの?これを?アナタが?」
「そうだ」
「……アナタが器用なのは知ってたけど。ここまでとは思わなかったわ」

彼女の目の前に座る男は、大きく厚い身体に似合わず、手先が器用だ。
初めて裁縫をしているのを見た時、彼女は幼い頃読んだ物語を思い出した。巨人と人間の、交流の物語。
その物語では巨人の作るものはどれもぐちゃぐちゃになってしまったが、彼の作るものはどれも真似できない程の精巧さを持ったものばかり。
技術と人の好さが相まって、年少組へ完成品をプレゼントする現場を、何度も見た事がある。勿論、彼女自身、何度も。

「でも、アタシにプレゼントねぇ……。今日は何かの記念日だったかしら、違うわね。何でもない記念日?」
「……どこのイカレ帽子屋だよ」
「イカれても帽子屋でもないけど、理由があるのは好きよ。口実になるもの」

大人とは何とも面倒な生き物で、身を焦がすような恋情だけでは行動する事が出来ない。
大人になんかなりたくなかった、と思いつつも、大人になって良かったと彼女は安堵する。大人じゃなければ、彼と恋愛なんて出来やしない。

「まあ……、そうだな」
「でしょお?アナタのくれたこれも……立派な口実になるわね」
「……」

ぱちん、と彼女がウインクをすると、彼は気まずそうに視線を逸らした。
こういうところがもどかしくもあり、彼女の乙女心――そう、乙女心で間違ってはいない――をくすぐるのだ。本人からすれば、その評価はあまり歓迎するものではないらしいが。

「だから、このメイクボックスは、アナタの家に置かせて頂戴。……でも最初に、この中身を買いに行かなくちゃいけないわね?」
「そうだな」
「……ここで間髪入れずに『俺が買ってやる』とか言えないのかしら?」
「お前の化粧品を買ってやってたら、破産しちまう」
「ま、それもそうね。アタシの美には、お金がかかってるもの」

メイクボックスを閉じて、つるりとした表面を撫でて、彼女は立ち上がる。それに彼も続く。
さてこれからの二人の予定は、買い物食事そして泊まり。出動要請の合図があろうとも、変わらずに。