白黒的絡繰機譚

昇華

「折紙君」

己を呼ぶ声にイワンが振り向くと、そこにはキースが立っていた。

「な……何か、用……ですか」
「ああ、君に言いたいことがあるんだ」

突然キング・オブ・ヒーローに声をかけられた事に動揺しつつ、言葉を紡ぐ。
ヒーロースーツを着ていないと、どうにも喋りづらい。イワンは、自分を出すのがとても苦手だった。NEXTであり、養成所に入る前はあまり他人と関わらないようにしていたことも関係あるのかもしれないが、一体どうしてそうなってしまったのかは本人もよく分からない。

「い、言いたいこと……?」
「そう、言いたいことさ。ここでは何だからね、こちらに来ておくれ」

返事をする間もなく、キースはイワンの手を取ってぐいぐいと歩き出す。向かった先は、先ほどまで二人ともがいたトレーニングルームだった。今は自分たち以外誰もいないそこは、がらんとしていて殺風景極まりない。

「こういうことは二人っきりになれる場所で言うものだ。特に折紙君、君が相手なら尚更だ……とファイヤーエンブレム君に言われてしまってね」

イワンの手を放すと、キースはくるりと向き直りそして笑った。
少し困ったような笑顔は一瞬で引っ込み、真剣な顔つきとなる。それに思わずイワンの背筋が伸びる。

「折紙君」

固い声に、思わず身体が縮こまる。怒られるような気がした。きつく目をつぶる。

「私は、たくさん考えた。考えた結果……やっぱり、言わないでいるのは無理だと思ったんだ。君には迷惑かもしれない。けれど、聞いてくれ」

肩にキースの手が触れる。あからさまにビクリ、と震えたのが伝わってしまっただろう。

「君が、好きなんだ。……愛してる」

きつく閉じた眼を見開く。そこに写るのは、真剣な顔だ。
それが示す真剣さに、イワンの頭は混乱する。誰が、誰を、愛している?

「……」
「すまない。本当はこんなことを言ってしまうべきではないんだろう……。しかし、私にはもう抑えておくことができないんだ」

嘘を吐いているようには見えない。見えないだけに、イワンの混乱は深くなるばかりだ。
驚いたまま半開きにしていた口を動かす。

「……僕、を?」
「ああ、君の全てを」
「すべて……」

キースの言う全て、とはなんなのだろうか。
ヒーロースーツを着ていなければ酷く大人しく、キースとはあまり交流もない「イワン・カレリン」の全てを彼が知っているはずもない。ではヒーロースーツを身に纏った「折紙サイクロン」なら、どうだろうか。それでも交流が大してあるわけでもないが、イワンとしてよりは遥かにマシな筈だ。性格的にも、彼との関わり的にも。

「折紙サイクロン……?」
「え?」
「ヒーロー、してる時……ですか。すべて、が好かれてるわけない……」

疑うわけでは決してない。しかし、信じられるだけの自信はこれっぽっちもなかった。
イワンの目の前に立つキース・グッドマンはヒーロースーツを着ていようと着ていまいと殆ど変わりがない、表裏のない性格をしている。それに比べて自分は、とどうしても卑下してしまう。

「折紙君……」
「スーツないと、話も……できない、のに。そんななのに……」
「折紙君。いや、……イワン」

肩の手が離れ、膝を折った彼と視線が合う。酷く優しい顔だった。

「そんなこともわからないほど私はバカじゃないさ 」
「……!」

むに、とイワンの頬をキースの掌が包む。そしてまるで不機嫌なように尖った唇を温かい親指が撫でた。

「言っただろう。君の全てが好きだ。愛してる」
「……」
「私が好きなのは、折紙サイクロンだけではない、イワン・カレリンという一人の人間さ。大人しい君も、職人として頑張る君も、全部が好きなんだよ」
「……」
「まあ、全てと言ったけどまだまだ知らない部分も多いだろうね。でも、それも全部私は好きになる。これは確信だ」
「……」
「……どうだろうか。私の想い、受け止めてくれるだろうか」

痛いほどの視線がイワンに降り注ぐ。それは思わず逸らしてしまいたい程強烈で、けれど逸らしたくない程切ないものだった。どっちにしろ、頬を押さえられたままなので逸らせないのだが。

「ぼ……僕、も、その……スカイハイ……いや、キースさん、の事を……」

憧れていた。同じフィールドに立てることを、後ろめたくも誇らしく思った。向けられる笑顔嬉しく思った。
そして、その度に自分との差を思い知った。けれど、それを逆恨みすることも嫌いになることも出来なかった。
そうやってヒーローカードを買って、テレビに噛り付く子供の様な気持ちをずっと持ち続けていた、つもりだった。
けれどその気持ちの違いを教えたのは、誰でもないその人自身。風がイワンの中の不純物を全て巻き上げ、剥いでしまった。
足元にまだ砂は散らばっているが、それでも抑えられないものが胸にはある。

「キースさんの、ことを……――」

唇だけ動いて、声にはなっていなかったような気がする。
しかし、それでもキースには届いたらしい。頬から掌が離れ、二本の腕がイワンを包む。

「ああ、幸せすぎて死にそうだ。死ぬわけにはいかないが」
「……」

キースの腕の中で、少し身じろぎをする。イワンの方こそ、幸せすぎて今すぐ死にそうなのだから。勿論、死ぬわけには絶対にいかないのだが。

「――まだ当分、どこにも行かないでおくれ」
「え?」
「まだ考えた台詞の半分も言えてないんだ。イワン、君に言いたいことはまだまだいっぱいある」

私の愛は、それよりも多いけどね。
耳元の台詞に、何とか小声で『……僕だって』と呟いたのは彼の耳に入っただろうか。