白黒的絡繰機譚

秘密二つ

イワン・カレリンには秘密がある。
その一つは勿論、ヒーロー・折紙サイクロンとして活動している事だった。活躍、と言えないのは彼がヒーローとして凶悪犯を捕まえたり、人命救助を行うよりも、スポンサーロゴをアピールする事に熱心だからだ。
それでもスポンサー受けも一般人気も良い彼であるが、無理やりに近い『折紙サイクロン』というキャラは正直辛いものがあった。それでもヒーローになってしまったのだから…スーツのデザインは好きだが、溜息しか出ない。
人には向き不向きがある筈なのに。それを見切れる事しか出来ないイワンはよく分かっていた。

イワン・カレリンにはもう一つ秘密がある。
その秘密は、ある意味ヒーローである事以上に誰にも話す事が出来ない。親にも、友達にも、ヒーローとしての上司にも、ヒーロー仲間にも誰にだって言えはしない。
――そもそも折紙サイクロンでは無い時の彼はとても大人しいので、誰かに率先して話そうという気すら無いのだが。

ヒーローであるイワンは、どんな時であろうと要請を受ければ現場へと向かわねばならない。その所為で、二つ目の秘密に関するその場所へと向かうのは、少々久しぶりとなった。
かつんかつんと音を立てながら屋外の階段を上る。その足取りは心なしか軽い。秘密の場所は、何時も屋上だった。
見渡しても何時もの通り誰もいない。イワンはフェンスに背を預けると膝を抱えた。多分もうすぐ、何時も通りの事になると知っていた。

「……!」

ふわり、と文字通りイワンの身体が宙に浮く。そうしてすぐ、筋肉質の腕に抱きとめられた。
「やあ、イワン君。待たせたね!」
「……いえ、別に」

来たばっかりなので、とすら続けられないほど、ヒーロースーツを身につけていないイワンは大人しかった。イワンを抱きとめる腕の主は、それを少しも気にしていない様だった。拙い言葉で気にならないのか、と聞いてみた事が一度だけあったが「それが何だって言うんだい?」と逆に質問されてしまった。未だその答えはちゃんと返せていない。
二人の身体は、屋上への出入り口の上でやっと宙に浮く事を止める。何時もの通りだった。彼――キース・グッドマンは空が好きだから。

「私も早めに来ているつもりなのに、イワンより先に着いた事が無いね」

くやしいなぁ、とキースは笑った。一点の曇りも無い笑顔はきゅう、とイワンの心臓を鷲掴みにする。
NEXT能力の畑が違う、というのもあるので一概に言う事は出来ないと分かっているが、イワンの能力ではキースには及ばない。それが悔しいと思っているかと言われると違う気はする。それでも、何かひとつくらいは彼に確実に勝てるものが欲しかった。それに選んだのが、これだった。まだまだ子供であるイワンのちょっとした背伸びを、きっとキースは知らないだろう。

「あの、今日は、これを……作った、ので」

ヒーロー名にもあるジャパニーズペーパークラフトで作った「カミヒコーキ」なるものを差し出す。こうやって秘密で会うようになってから、毎度違うものを持参していた。今回のを気に入ってくれるかどうか、先ほど鷲掴みにされたばかりの心臓がバクバクと鳴った。

「これを?私に?」

こくこく、と頷くと眩しい様な笑顔が向けられた。それが見たくて、持参していた。
もしかしたら引かれそうな程に一生懸命すぎる気はしたが、それでも他にイワンは方法を知らない。

「ありがとう!そして、ありがとう!君は本当に私を喜ばせるのが得意なんだね」
「……そんな事は」

それは貴方の方だ、と言えないまま、キースの腕の中で膝に顔を埋める。まだまだイワンは折紙サイクロンにはなれない。

「あるさ!世界でただ一人の、私のイワン」
「……」
「君だけが、私の心にこんな強くて温かくて優しい風を吹かせてくれるんだ」

恥ずかしい台詞が様になるのはきっと世界でこの人だけだ。紫色のカミヒコーキをこんなに喜んでくれるのもきっとそうだろう。
そして、ヒーローらしい事が出来なくても、それでもまだスーツを身に着け現場へと足が向けれるのも、きっとこの人のお陰なのだ。

――イワン・カレリンは二つ、秘密を持っている。
ヒーローである事と、ヒーローの恋人がいる事。
それを二つとも知っているのは、世界でただ一人、キング・オブ・ヒーローだけだった。