白黒的絡繰機譚

全力疾走と痛む肺

走れ、走れ、走れ。
苦しい呼吸が、続くなら。続く限り、走れるなら。

「……っ、はぁ……」

もしかしたら、急ぐ必要はないのかもしれない。
そんな考えを後押しするかのようにニコチンとタールに汚染された肺に空気が入りづらい。
ああ、やっぱりじいさんが倒れたときに俺も煙草はやめておけば良かった。
……多分、そんな決心は3日ともたず崩れるのだろうけれど。

「ちくしょ……っ。真備め、どんだけハイペースで進んでやがる……」

かなりの距離を進んだはずなのだが、まだ足跡一つ見つからない。
三ヶ月という時間は思っていたよりも長すぎたことを実感する。
……くそ!
足を止めて手ごろな大きさの石に腰掛ける。
無意識にポケットに伸びる手。……習慣とは恐ろしい物だ。
雲の多くなってきた空を見上げながら乱れた呼吸を整えるために大きく息を吸う。

「…………はぁ」

何度か息を吸っては吐く、という動作を繰り返せば脳味噌にまで酸素が行き渡り、思考がクリアになっていく。
けれどクリアになった思考も先ほどとは大して変わらず終着点しか考えない。
そう、つまりは我が担当作家・吉備真備のこと、だ。
ポケットに手を入れると触れるのはくたびれた煙草の箱だけ。
まだ3分の1ほど残ったそれを握れば、たいした音も立てずに潰れる。
手の中で容易く潰れた紙箱を投げ捨て、立ち上がる。

「……行くか」

まだまだ遠い合流を目指して、一直線の旅路を全力疾走で、走る。
……追いついたらまず、なんて言ってやろうか。
それとも、何も言わずにお互いの肺が痛むくらいきつく抱きしめてやろうか。