白黒的絡繰機譚

きみのきもちかんがえよう

※18禁描写有り※ 2016/7/3発行 山硲R18シチュエーションアンソロジー『はざまさん、こんなのどう?』寄稿作品

硲道夫は、何事にも真面目である。
 ある日山下が硲の家を訪れると、几帳面かつ時間厳守な彼には珍しく、部屋が片付いていなかった。

「すまない、予想と違い道路工事と待ち時間が発生した」

 曰く、自分が来る前にクリーニング屋に行ったのだが、道中は突然の道路工事により迂回が発生し、ようやくたどり着くと店員は常連の客と話に花を咲かせており、予想の倍以上の時間が掛かったのだそうだ。ただ、それだけスケジュールが押していても、行程の殆どは終わっていて残すは仕上げ程度というのだから恐れ入る。

「別に気にしないでくださいよ。硲さんち、わざわざ掃除しなくても綺麗じゃないですか」
「そんなことはない。やはり仕事で帰宅が遅くなることが多いと、散らかってしまう」

 この人の言う散らかした部屋というものを見てみたいと山下は思ったが、同時に無理だろうとも感じた。恐らく硲の言う散らかした、は山下の中では十分綺麗に分類されるからだ。
 そんなことを考えつつ、硲の部屋に踏み入ると、成る程掃除用具がまだしまわれていない、くらいしか目につく相違点はない。後はクローゼットが開いているくらいだろうか。

「あれ」

 そのクローゼットへ山下は近づく。コートやスーツの地味な色合いが半分を占めている。しかし、もう半分は硲という人間の私服とはかけ離れた色彩だ。

「……まさか衣装を買い取ってるとは思いませんでしたよ」

 並んでいたのは、今まで仕事で袖を通した衣装たちだった。仮装のマント、ランウェイを歩いたスーツ、目に痛い程のショッキングピンクに民族衣装のクルタ……。恐らく通常のライブ衣装であるアレ以外の、単発で使用した衣装は全て揃っているのではないだろうか。

「どれも私達の歩んできた記憶だ。事務所がいつまでも保管してくれるものでもないだろう」
「まー、あそこにあるよりここの方が、よっぽど管理良さそうですしねぇ」

所属も増え、それぞれ仕事も増えてきた今でも社員不足な事務所では、こんな風に大事に吊るされてはいないだろう。頑張ってはいるが、抜けたところも多いなの事務員に全てをこなせというのは酷なものだ。

「やっぱアンタは、全力でアイドルしてるんすねぇ……」

しかし、それでこの仕事にかける熱が測れる訳ではないのだが、やはり自分とは違うと山下は思う。
 呟くようにそう言うと、硲は一度瞬きをしてから山下の肩を掴む。そのままぐるりと自分の方へと向きを変えさせると、いつも通り真剣な声で言った。

「山下くん、君は君が思うよりずっと、全力で私と舞田くんと共にアイドルとして歩んでくれている」

 もうそれはそれは真剣にそう言うので、山下は逆に笑うしかなかった。思わず少し吹き出すと、訳がわからないといった顔に変わった。

「はざまさん」
「なんだろうか。というか、どうかしただろうか」
「そういうトコ、好きです」
「……ありがとう?」

 どうしてそういう発言に繋がるのか、全く分かっていない平常の顔が愛おしいと、山下は思った。
 ――そう、同性で同僚、年上のこの人を、山下は親愛ではなく愛おしいと思っている。そして硲も、それに応えてくれていた。

「キスしていいです? ……まあ、それ以上もだけど」

 教え子達のような年齢は、とうの昔に過ぎ去った。表面だけ触れ合う関係は、山下が思っていたよりもあっさりと脱出している。

「許可を求める必要はない。今は、そのための時間だ」

 今は。その当たり前の言葉に、山下の中でふと邪な思いが湧き上がる。
 硲は、仕事中決して恋人としての面を出さない。それはもう徹底したもので、休憩時間は勿論、仕事場を後にした帰り道ですらそうだ。同じSEMのメンバーである舞田は二人の関係性を知っているどころか煽ってくるようなところもあるのだが、三人で家飲みをしている時などでも出さない。あまりにも出さないので、本当に交際しているのか、と聞かれたことすらある。告白して受け入れられて、キスどころか肉体関係もちゃんとあるのだが、傍目にそうは見えないらしい。

「今は、ね」

 呟いて、唇を合わせる。硲の口内は、飯時から随分経つというのにミントの味がまだ濃く残っていた。もしかしたら、山下が来るのだからとわざわざ歯を磨いたのかもしれない。
少しひりつくまま軽く舌を絡めて、開放する。は、と吐き出された息は熱く、瞳もほんの少しだけ潤んでいるように見えなくもない。僅かな変化ではあるが、硲にそれを与えることができるのは自分だけなのだと山下は思う。それはとても、素晴らしいことのような気がした。
 ふ、と視界の横に色が飛び込んでくる。クローゼットに納められた衣装たち。山下の前でだけ現れる硲がそれと並んでいるのは、妙な気持ちになってくる。

「……あの、俺すげー変なお願いしてもいいです?」

 魔が差した、と言うべきだろうか。するりと山下の口から言葉がこぼれた。

「変、とは?」
「アンタ怒るかもしれない」

 やっぱ、やめときます。
 そう言いかけた山下を、硲は掌で制す。

「言ってみたまえ。それが法律や倫理に抵触することでない限り、私は前言を撤回したりはしない」
「法律は別に大丈夫ですけど……。倫理……うーん……」
「悩むならば、やはり言って欲しい。判断ができない」
「あー、はい! その――」








「おつかれさまー」
「二人とも、お疲れ様。舞田くん、道中気をつけるように」
「No problemだよ! おみやげ、楽しみにしててね!」
「楽しみなような、怖いような……」

 仕事が終わり、労いを掛け合う。いつもならばこのまま三人で店なり山下の家なりにそのまま雪崩れ込むのだが、今日は違った。舞田は数多い友人のうちの一人からパーティの誘いを受けており、そちらに向かうと言う。中々距離のある場所で行われるそれに向かうため、一同乗りあわせるのだと、朝から楽しげに話していた。

「二人きりのHolidayのことも、聞かせてね」

 じゃあねー、と手を振って、舞田はするりと楽屋を後にしていった。残された二人はしばし間を置いてから、その場を後にする。

「では行こう、山下くん」

 硲の手には、大げさな旅行鞄があった。




「その、着て、欲しいです」

 あの日山下が硲にしたお願いは、つまり彼の持つ衣装を着て致したい、ということだった。

「やっぱりヒきますよねー……。いやほんと、忘れて。忘れてください」

 大げさに頭を掻いて、肩をすくめる。促され止められず零れた言葉だったが、酷過ぎはしないだろうか。

「……」

 居たたまれず山下は視線を逸らしたが、硲のそれはまだ痛いほどに突き刺さってくる。ぐるりぐるりと自己嫌悪が渦巻く頭はどこか冷静で、はざまさんにしては返事が遅いな、などと考えていた。

「山下くん」

 もういっそ踵を返そうか、と山下が思った頃、やっと硲は口を開いた。

「君がそれを望むのならば、私は全力で応えよう」

 凛とした声だった。いつもと変わらない。

「……アンタちゃんと分かってます? さっき褒められたのに、それを投げ捨てるようなこと言ってますけど」

 ちらり、と硲を窺う。いつも通りの、真剣な眼差しが眩しい。

「君は君だ」




 ――山下がその言葉の意味を聞き出すことは、今になってもできていない。返答をする前に、硲の携帯にプロデューサーからの呼び出しがきたからだ。待っていて欲しい、と告げる硲に拒否を告げたのは、やはりいたたまれなかったのがあるのだろう。気にしないでと繰り返して別れた時、一体硲がどういう表情をしていたのか山下は覚えていない。

「……」

 二人で歩む帰路は、いつもと変わらない。ただ、こんなにも沈黙に支配されたことはあっただろうか。今に限っていない舞田を、山下は少し恨んだ。
 所謂「明日はオフ」の夜二人きりになるのは、あんなことを言い出した日のようにほぼ硲の部屋となる。山下の部屋でないのは、隣が舞田であるという立地の問題もあるが、何よりも訪れるなり硲が整理整頓モードに入ってしまい、その後が期待できないことが大きい。事前に片付けておくべきだとは思うのだが、それをするために必要なのも仕事のない休日なのだ。
 しかし、どうして今日は違うのだろう。舞田がいないから、だけなのだろうか。

「そうだ、山下くん」
「はい?」

 前を向いたまま、硲が思い出したように口を開いた。

「今はもう、仕事中ではない」
「? ええ、はい。そうっすね」
「それだけは、覚えておいて欲しい」

 それだけを言うと硲は黙ってしまい、二人の間にはまた無言が流れた。

「どーぞ、相変わらず散らかってますけど」

 結局、山下の家に到着するまで本当に会話がなかった。ともかく、と扉を開けて、硲を促す。

「失礼する」
「はい、どうも」

 がちゃり、と後ろ手で鍵を閉める。硲は先に靴を脱いで、リビングへと入っていった。勝手知ったる、と迷うこともなく照明をつけ、ちょんと座布団に正座をする。
その横には勿論、旅行鞄が鎮座している。

「まさか持ってきてくれるとはなぁ……」

 山下は小さく呟く。
 元々、真面目すぎるほどに真面目な性格なのは知っていた。有言実行を地で行くのも知っている。そして、彼なりの論理に基づいた、ちょっと突飛な思考があることも。

「ま、なるようになる……かね」

 小さく息を吐いて、山下は硲の正面に座る。お見合い状態になりつつ、山下は口を開いた。

「一応聞きますけど、その鞄の中身って衣装なんですよね? ここで着て、その、シていいってこと?」
「勿論」

 はっきり返事をして、硲は鞄のジッパーを開ける。

「……ん?」

 そこからクリーニングのビニール越しに見える色は、勿論見覚えがある。だがしかし、これは確か――。

「これだ」
「んんんん!?」

 できれば予想と違うといい。そんな山下のささやかな祈りは通じず、現れたのは淡いピンクを基調としたオーバーオールだった。目をむいている間に、ストライプのカットソーとふくろうのマスコットついたキャスケットも取り出される。

「えーと……これって、その」

 それらは、子供番組に出演した時の衣装だ。コミカルでカラフルなそれを、何をどう思って硲は選んだのか、山下にはさっぱり推し量ることができない。

「ああ、この衣装を着たのも随分と前になる。あれから沢山のことがあった」

 そう言って、硲は懐かしむように目を細める。
 確かにこの衣装を身につけ仕事をしたのは、デビューしてからそこまで経っていない頃だ。まだこういう仲になってもいない。あの時の自分に今の状況を伝える術があっても、決して信じてはもらえないだろう。それくらい予想外のことだ。まだ十年前の自分にアイドルになると伝えたほうが真実味がある……かもしれない。
 いや、それは今関係ない。山下は頭を振る。

「えーと……。どうしてそれにしたんです?」

 よくぞ聞いてくれた、と言うように、硲が眼鏡のブリッジを上げる。

「こういうものは、普段との違い、つまりギャップを楽しむものだと聞いた。教師時代からスーツを身につけることが多かったことから考えた結果、これが一番適しているという結論に至った」
「誰からそんな……いや、言わなくていいんで」

 頭の中にいくつか顔が浮かんでは消える。現在の職場には、該当人物が多すぎた。

「駄目だっただろうか」

 心なしか、気落ちしているように見える。教師時代から感情が読み取りにくいと評される硲であるが、山下にはそうは思えなかった。いや、そう思えなくなったというのが正しいだろう。たとえ表情が動かなくても、察することができる。それは過ごした年月だけがもたらしたものではない。

「いや……俺のアホみたいなお願いにそこまで考えてくれたんでまあ……。でもこれ、無理じゃない?」
「無理とは?」
「これ、脱がなきゃ無理でしょ」

 カットソーだけでも着衣といえば着衣ではあるだろうが、衣装の要であるオーバーオールを脱がしてしまうのは如何なものだろう、と山下は考える。

「確かに脱いでしまっては山下くんの希望には沿わない。だが大丈夫だ。ここのボタンで上下を分離することが可能だ」

 ビニールをまくり、硲はベルトループ部分のボタンを外す。危惧したよりも簡単に、オーバーオールは胸当てとズボンへ分かれた。

「あーそうだったんすね。んん……」

 確かに問題はないが、違う意味で問題ではないだろうか。随分とマニアックなことになっている。

「はざまさんはさ」

 あのクローゼットを見つめて考えながら、硲ははたして思い浮かべただろうか。

「これ着て俺にどうこうされるの、想像した?」
「……」

 硲の瞳が揺れた。その色は歳とつり合わない純粋さが見える。そしてそのまま、顔を背けた。

「シャワーを借りても」
「勿論、どうぞ」








「……はざまさん、顔怖い」

 山下がシャワーを浴びて戻ると、硲はぴしりと背筋を伸ばして正座をしていた。勿論、あの衣装を着て。室内なのに帽子もちゃんと被っている。

「すまない。このようなことは経験がないので、つい気負ってしまったらしい」

 ぐい、と頬を引き上げる様子を見て、山下の肩にも入っていた力が抜ける。

「そうでしょうね」

 はっきりと聞いた訳ではないが、山下とこうなるまで経験がなかったかもしれない人だ。それくらい最初は初心……というか理論武装だった。今だってそうだろう。
近寄って、手首をつかむ。まだシャワーの熱が残っているのか、温かい。いや、それだけだろうか。

「山下くん」
「ベッドいきましょ。あ、帽子は取りましょうね。キスの時邪魔だから」
「了解した」

 硲にしては珍しくゆっくりと立ち上がり、ベッドに腰を下ろす。帽子はそっと枕横に置かれた。山下もそれに続き、膝を割って正面に座る。

「うーん……」

 さてそういう雰囲気と状況になったものの、どう料理したものだろうか、と山下はしげしげと硲の全身を見つめる。パステルカラーとダボついたオーバーオールは、確かにいつもの服装・イメージとは確かにかけ離れている。
 迷った挙句、山下はそろそろとパンツ部分の裾から右の掌を差し入れた。確かにこれは、普段の服装ではできないよなぁ、などとのんきに考える。柔らかな熱を持つ太腿をなで上げると、硲が小さく身じろぎした。

「普段やらないこと、だよね」
「うむ……」

くすぐったいのか、しきりに膝を擦り合わせている。それが面白くて、山下の手は止まらない。膝の裏、太腿、付け根。別に初めて触れるわけではないが、新鮮なシチュエーションと反応が楽しかった。

「ん、山下くん……楽しい、のか?」
「そーですね……。まあ、それなりに」

 そっけない返事をする。どれだけ顔に出ているかは分からないが、硲に思いの外楽しんでいることは伝わらないで済んだらしい。別に隠すことでもないのだが、これもまた、駆け引きというやつだ……と勝手に山下は結論づけた。
そのまま右腿を撫でながら、また擦り合わさった左膝に、そっと唇を落とす。ニーソックスとパンツの隙間も絶対領域ってやつなのかね、と山下は考える。

「山下、くん」

 少し、普段より掠れた声だった。それは、こうしてベッドの上でしか聞かない、段々と熱を帯びてきたと告げる声色だ。

「気持ちイイ?」
「くすぐったい」
「じゃあ気持ちイイんだ。気持ちイイんですよ、それ」
「……そうか」

 若干腑に落ちないような返答だったものの、パンツの裾をまくり上げて白い太腿を軽く吸えば、うわずった悲鳴が漏れる。

「ほら」
「君の言うとおりだ。……しかし、君は気持ち良くないのでは?」
「いやぁ、俺は後でいいですよ」
「しかし……」

 くしゃり、と硲の手が山下の髪を撫でた。拒否のサインではないのだろう、と山下は気にせずまた唇を落とす。
 ふと、手が離れた。そして手のあった位置に、柔らかいものが当たる。硲の唇だと、一拍置いて気づく。

「……めずらし」
「普段やらないことを、君がやるからだ」
「自分もしてみたくなった?」

 からかうように告げると、うっすら赤くなった顔がある。可愛いなぁ、と思っていると硲は山下の肩を押し、身を離す。

「私も、普段していないことを、しよう」
「へっ?」

 どういうこと、と問いかけるより早く、硲の手が山下のスウェットの前にかかる。そのままずり下げられて、山下自身が露出する。硲はそれを、躊躇なく口に含んだ。

「!? え、ちょっと、はざまさ」
「んう……」

 硲に咥えられている。その事実だけで血液が集まっていく。舌の動きは拙いが、狙う場所はやけに的確だ。

「……っ、アンタそういうのどこで……」
「私にだって、多少の知識くらいは、ある。……それに、君が」

 してくれたことだ。
 そう言われた瞬間、ぶわりと山下の顔に血液が駆け巡る。
これは、恥ずかしい。恐らく自分は人生一赤面しているのではないか、と山下は思った。それと同時に、酷い優越感も満たされていく。真面目なこの人に、こんなことを教えてしまったのだと。

「ん、興奮しているのか」

 質量を増したせいで咥えにくくなったのだろうか、硲が山下を咥え直す。そのまま追い込むように先端を吸い上げる。

「あ、ちょ、ちょっと待って」

 静止の声を上げると、硲は素直に口から山下自身を開放した。だが、瞳は意義を唱えている。

「辛いだろう」
「いや、でも出したら汚れちゃうでしょ……」
「構わない」

 山下の気遣いをばっさりと切り捨て、硲は見せつけるように元から先へと舐め上げる。唾液と先走りは既にカットソーの袖口を濡らしていた。

「ほんとに、よごすから」
「……」
「はざまさん……っ」

 聞こえているのかいないのか、硲は答えない。ただ目を伏せて、山下を追い込むことに集中している。

「……っ」

 力が抜けた腕では硲を引き剥がすことが叶わず、遂にその口内に吐き出した。初めてだというのに、硲はしばし硬直したものの、吐き出された精液を飲み込んでしまう。その喉の音が、やけに鮮明に山下の耳に届いた。

「……のんじゃったの」

 そう呟くと、ようやく硲が山下を開放する。唾液が糸を引いたのが、吐き出したばかりの自身にまた熱を孕ませる。

「げほ……っ」
「無茶するから……」

 咳き込む硲の背中を撫でる。しばらくして落ち着き、やっと視線が合う。少し眼の焦点が合っておらず、口の端から精液が溢れていた。

「大丈夫?」
「やや想定外だったが、問題はない……」
「汚れてるし口拭こっか」

 口の端から零れた精液は、そのまま顎をつたってスカーフに染みを作る。そして山下がそれに落胆した瞬間、だった。
 硲は、そのまま口の端をスカーフで拭った。

「え……、えっ!?」

 衣装を自分が汚してしまった罪悪感は、即座に吹っ飛んだ。硲が自ら進んでそうしたことに対する驚愕しかない。

「? どうした、山下くん」
「なんで」
「ハンカチーフではないが、問題はないだろう」
「そうじゃなくて、衣装でしょ」

 硲にとってそれは大切な、汚していいものでは決してないはずだ。

「衣装は、衣装だ。それ以上でも、それ以下でもない」
「でも……」
「君は言っていることが一貫しないな。衣装を着て欲しいと言ったのは君だ」
「そうですけど。でも汚したいわけじゃなくて」
「どう丁寧に扱おうと、衣服というのは汚れるものだ。そして朽ちていく」

 硲が、山下の首に腕を回す。

「君の前にいるのは誰だ? 例え衣装を着ていても、アイドルではない硲道夫がいるだけだ。難しく考えることはない。ただいつものように、君の望むことをすればいい」
「……」

 じんわりと、山下の胸に硲の言葉が落ちていく。ああ、この人は凄いなぁ、と今更のように思う。ゆるゆると抱きしめてくる身体を抱き返して、そして言った。

「……アンタほんと凄いよね。でもこの服じゃ、ちょっとしまらないなぁ」

 そればかりは仕方ない。
 硲の声は、少し拗ねているように感じられた。

「珍しいの」
「君のせいだ」
「うん。……そういや俺だけ気持ちよくなってごめんね」

 硲のものは、触れていないにも関わらず十分な硬度を持っていた。

「私がしたことだ、問題はない。……が」

 もぞり、と硲が山下の内腿へ擦り付ける。

「はざまさんも一回いっとく?」
「いや……それより」

 早く欲しい、と目が訴えている。こんなに切羽詰まった硲も珍しい。

「ん、わかった」

 自身を梳いて準備を整える。硲の方は、既に解してあるのを知っているので、問題はない。

「あー、ゴム。どこやったっけ」

 なにせ普段自宅では使わないものである。あったとしても、期限切れしているかもしれない。

「ここに、ある」

 硲が前当てに手を入れると、連なったゴムが取り出された。服装とゴムのアンバランスさが、罪悪感のメーターを押し上げる。

「すげーなんかイケナイことしてる気分になるわ……」
「?」
「なーんでもないです」

 硲の手からゴムを一つ受け取って、自身につける。少し考えてから、山下はもう一つ連なりから引きちぎった。

「はざまさんも、ゴム付けましょーね」

 ベルトループのボタンを片方だけ外して、そこから手を差し入れる。先走りで濡れたそれにゆっくりとゴムを被せていくと、硲の口から嬌声が溢れる。

「つけただけなのに」
「私は、その」
「うんうん、いつもつけませんもんね。あれ、もしかしてはざまさんの初めて貰っちゃったかなー」
「山下くん」

 口調は少し怒っているが、潤んだ瞳ではそれも半減する。硲の腕を首から外し、身体を横たえさせる。

「はざまさん、反対向いて」
「反対? ああ、うつ伏せか」

 もぞもぞ、と硲が向きを変えた。ベルトループのボタンを二つとも外してずり下げ、露出した中心に自身の先端を当てる。

「入れるよ」

 返事を待たずに腰を進める。解されているとはいえ、前回から期間も空いておりすんなり入るわけではない。それでもなんとか全てを埋め込むと、山下は長い息を吐いた。

「あー……」

 ひくひくと硲の身体が揺れている。普段以上に露出が少ないのに繋がっているのが、随分と卑猥に感じられた。

「……想像してたよりずっと、変態プレイだわ、これ」
「やました、くん?」

 首を山下の方へ向けてくる。その目元からは堪えきれなかったのだろう涙が溢れ落ちている。

「いい眺めですよ、これ」
「それ、は、よか……った?」

 腰を動かしながら見せつけるように、結ばれたスカーフの内側へ舌をねじ込む。骨に沿って舌でなぞると、余計に震えるのが楽しい。

「ん、あっ。……ふっ」

 思わず硲が袖を噛む。やんわりとそれを払って、項に歯を立てた。

「いっ……! あと、が」
「隠れるからへーきへーき……。はざまさんはもっと、声出して?」

 山下は一旦身体を離すと、カットソーの中に手を忍ばせる。

「んっ……」

前に乗り出す形になったため余計に密着し、ぐち、と繋がった場所から粘着音が響く。

「そういやこっち触ってなかったなーって。一緒にした方がはざまさんも声出してくれるし」
「そん、な」

 ぐ、と突起をつまみ上げれば、予想通り高い声が出た。またとっさに口を押さえようとしたが、咎めるように耳を食む。行き場所を失った手は、枕元にあった帽子を掴んだ。

「ん、あ……っ。んく、ひゃました、く……ひぁ」
「はざまさん……っ」

 上も下もと責められて、段々と硲の呂律が回らなくなっていく。

「いやらぁ……ひゃう、ん、あぁ……」
「やー、じゃないでしょ」
「あ、で、もう、だめ……っ」

 硲の身体が仰け反る。ぎち、と痛いほどに収縮した内部で、射精を迎えたのだと分かった。お前も吐き出してしまえ、と言うように締め付け続けるそこから何とか抜き出し、腰を掴んで再び奥へとねじ込む。

「いぃー……! が、あぁ……」
「ごめんね、もうちょっと」

 喘ぎのような呻きのような硲の声を聞きながら、山下は無心に腰を打ち付けた。されるがままの硲をどこか可哀想だと思いつつも、それがとても愛おしくて止めることができない。

「むり……。もう、……げほっ、や……」
「はざまさん、はざまさん」

 快楽しか追っていないのに、山下の頭の中はやけに冷静だ。お互いの状態を滑稽だと思いつつ、満たされるものの正体にやっと合点がいく。
 この人の全てが、欲しかったんだ。

「はざまさん、好きだよ」

 プライベートとビジネスを綺麗に割り切る性格に心を寄せながら、それを不満だと思っていた。もっと自分に依存してくれればいいと思っていた。多分そんなしょうもない感情が、今日までに繋がっている。
 そして、硲道夫という人間はそれを咎めることもなく、君は君だと説いてくる。寄り添って、抑えることはないと言う。酷い人だ、と山下は思う。
 もう駄目だよね。これからに期待しちゃう。逃げられない。

「……しも」
「はざまさん……っ」

 最奥を抉る。そしてやっとゴム越しに吐き出した。








「――すんませんでした」

 バスルームの扉越しに、山下は硲へ謝罪の言葉を告げた。
 あの後気を失った硲を慌ててバスルームに連れて行き、処理をした。途中で硲の意識が戻るとどうにも居たたまれなくなり、今に至る。

「どうして山下くんが謝る必要がある? 気を失ったのは私の自己管理が……」
「それもだけどそうじゃなくて」

 硲の言葉を遮る。しかし、その後を続けることができず、無意味な沈黙だけが流れていく。

「……君の」

 それを破ったのは、硲の方だった。

「君の思うことを全て推し量ることはできない。……が、恐らくそれで、いいのだろう。君は君のままであり、私は私だ」
「うん」
「だが君の考えを知りたい。君は君で、私は私。分かりきっているのに、何故だろう」
「そんなもんじゃないですかね」
「そうだろうか」
「そうですよ。……ほんと、なんか色々モヤモヤしてたのに、アンタにそういうこと言われるとなんかどうでもよくなっちゃうなぁ」

 一応ノックしてから、扉を開ける。浴槽に硲がゆったりと浸かっていた。

「でも、ホントすいませんでした。もー二度とあんなこと言わないんで」
「別に気にする必要はない。ああいう刺激は必要だ」
「……そういうこと、あんま言わないほうがいいっすよ」

 ちゃぷ、と水面が揺れる。室内に充満する湯気が暑い。

「構わない。君だけだ」

 敵わない人だと、山下は思った。