白黒的絡繰機譚

かこつけ

「トリック・オア・トリート!」

事務所の扉を開けた想楽に届いたのは、そんな可愛らしい三重奏だった。

「ああ、今日ハロウィンだもんねー。これってやっぱり、お菓子はないよって言ったら、イタズラされちゃうのかなー?」

そう戯けてみせると、もふもふえんの3人の目が見開かれる。
可愛く――と言ってもいつもの衣装にちょっとハロウィン的なグッズを足した程度だ――着飾った彼らにトリートを渡さなかった人物は、今のところいないらしい。カボチャ型のバスケットは程々に満ちている。

「あはは、ちょっと意地悪だったかなー。ちゃんとあるよ」

ごめんね、と付け足して、想楽はカバンから掌サイズのラッピングボックスを取り出した。みるみる笑顔になる3人のお礼に頷いて、想楽は彼らの向こうに目を留めた。

「はい、君たちにも」

え、と驚いた声を上げたのはF-LAGSの3人だ。上げた声は同じだったものの、表情は三者三様。それも仕方がないだろう。大吾と涼はともかく、一希は想楽と同い年なのだから。

「俺まで貰うのは……」
「まあそう言わずにー。1人だけ渡さないものなんか寂しいでしょー?」
「なら一希さんもあげたらいいんじゃない?ほら、用意してたし……」
「ハロウィンと言うより、バレンタインじゃのー」

一希からの菓子を受け取り、想楽はダンスレッスンへと向かう。
そういえば、こんな事をする、してみようと思うのは何時ぶりだろう。雑貨屋でハロウィン商品を扱うことはあったが、あくまでもそれは仕事だ。魔法使いのマントを身につけても、カボチャのマスコットを配っても、あくまでもそれはビジネスサービスで、善意ではない。
けれども。

(飾れども、溶けぬ蝋燭、今いずこ……うーん、イマイチととわないねー)

不思議な事務所だ、と思う。そういうことをしてもいいかと思わせる、そんな力がどこからかやってくる。

「……雨彦さん、おはよー」

レッスン場に入るとクリスはおらず、雨彦だけがこちらに背を向けて床に座っていた。

「おはようさん。北村はしないのかい」
「僕が?……ああ、ハロウィン?僕はもう渡す側だよー」

恐らく雨彦も、もふもふえんやF-LAGSに渡してきたのだろう。そういうところはちゃんとしている人だ。
だがそれに、自分まで該当すると想楽には思えない。確かに雨彦から見れば、想楽は十分に子供ではあるだろうが。

「へぇ、そうかい」

ふ、と座る雨彦の膝の上に目が止まる。そこには恐らく菓子が入っていると思われる袋が複数あった。ハロウィンというには和風――ハロウィンに人型の紙は関係ないと思う――だが、それはそれで新鮮かもしれない。だが、と想楽は思う。やけに多くないだろうか。ハロウィンでもらう側、つまり子供・未成年に該当するアイドルの数を頭で数える。合わない。もう既に渡した人数がもふもふえんとF-LAGS以外にもいるとすれば、ますます合わない。想楽にしないのかと聞くくらいだ、年下全員分用意していてもおかしくないかもしれないが、流石にそれはないだろうと想楽は瞬きをした。

「雨彦さんさー」
「ん?」
「お菓子屋さんにでもなるの?」

くく、と喉で雨彦が笑う。

「それはお前さんの方が向いてるさ。……北村、お前さんはどの菓子が好みだ?」
「えー……」

どの、と言われても想楽は困るしかない。ラッピングはどれも中身が見えないのだから。

「なら全部お前さんのもんだ」

有無を言わせず、雨彦は想楽のカバンへとそれらを流すようにほおりこむ。

「……ありがとう?」
「どういたしまして」

雨彦の表情は読めない。目は……どうだろうか。

(飴よりも、蕩けてふかし、狐の目)

もしお決まりの文句を雨彦に言ったとしたら、この菓子は自分のものにならなかったのだろうと想楽は思った。






****





ハロウィンという風習は、日本でちょっとした遊びになった。
それは人だけではなく、それ以外にとってもだということを知っている者は少ない。

「トリック・オア・トリート!」

その声を発するのは、何か与えるのが、目の前の子供たちと己だけではないのを雨彦は知っている。

「いい衣装だな。お前さんたちの好みに合うかは分からないが……」

用意してきた菓子を差し出す。ちょっとした守りも込めたそれらは、見知らぬ誰かに手を引かれてしまうのをきっと防ぐだろう。
事務所の中で目についた者全員にそれらを与えていく。年長者に属していると、こういう時は楽である。

「さて……」

レッスン場に入り、腰を下ろす。雨彦の元には、まだ大量の菓子があった。

「流石にこれはやりすぎたな」

恐らくもうすぐやってくるだろう白い頭を思い浮かべる。
彼が雨彦にお決まりの言葉を言うことはないだろう。けれども、もし言ったなら。
――見知らぬ誰かよりずっと質の悪い己が、彼の手を引いてしまうのだ。