白黒的絡繰機譚

スターマイン

DC→→→家庭教師 最後に未来の二人

「ご褒美?」

リングが聞き返すと、スカルはこくりと頷いた。二人の間には先日の模試の結果が置かれている。

「俺、頑張っただろ」
「そうだな、正直予想以上だった」

この二人の関係は家庭教師と生徒である。去年の夏から指導に当たり、その成果が出た形だ。どうにも勉強の習慣と意欲がないスカルへ地道に向き合い続け、最近のやる気の向上は目覚ましい。……そのやる気の源に大変問題があるので、リングは頭が痛いのだが。

「だろ。だからリングと……」
「エロいご褒美は絶対駄目だからな」

あからさまに不機嫌な表情を作るスカルにリングは溜息を吐く。どうしてこうなってしまったのか全く心当たりがないのだが、何故かスカルはリングを恋愛的な意味で好いているらしい。勉学へのやる気の源も「将来的にリングを養うため」だという。それだけならまだ良かった(良くない)が、年齢が年齢なので性的接触への興味が前面に出てしまっている。何かあった際にはリングの社会的信用が終わってしまうので、それを躱して諌める日々を送る羽目になっていた。

「そもそも、そういうご褒美はご両親に頼みなさい」
「……別に欲しいモノとかねえし」

見上げてくるスカルの目が、欲しいのはリングだけだと訴えている。年齢特有の気の迷いだと切り捨てるには真剣すぎるそれに、リングはいつも困ってしまう。

「まあ、却下されるのは予想してた。だから、これ」

二人の間に更に一枚紙が置かれる。

「花火大会……」
「これなら良いだろ」
「……デートではないし、俺は浴衣は着ないし、終わったらすぐ帰るけどな」

先回りした物言いにスカルは口を尖らせたが「それでもいい」と少し頬を赤らめた。




「悪かった」

指折り数えて待ち望んだ当日、スカルは不機嫌だった。
普段仕事として家に訪れる時よりラフなリングの格好――それでもどうにも野暮ったくはあるのだが――が琴線に触れたらしく少々顔を赤くしていたが、それも今は不機嫌の下だ。

「ちゃんと事前に話しておく、いや、同意もとらずに勝手に行動した俺が……」
「リング」

むすっとした表情のまま、スカルがリングを呼ぶ。Tシャツにカーゴショートパンツのシンプルな格好がよく似合っている。本格的な成長期がまだ訪れていない為、リングの顎くらいの身長なのが本人は不満らしい。

「正直に言ってくれれば俺は許すから」
「うん……?」
「元彼か? まさか今彼じゃないだろうな」
「は?」

スカルの顔は真剣そのものである。
眉間を指で叩きながら、リングはスカルの訴えを噛み砕く。
――この、将来有望な容姿と発展途上中の学力を持った義務教育中男子は、何をとち狂ったか10以上歳の離れたリングに恋愛感情を抱いている。そして本日はスカルの模試成績が急上昇したお祝いとして、花火を見に二人出かける――スカルに言わせればデート――のだ。躱しきれず了承してしまい、流石に遠慮されるだろうとスカルの両親に話をしたところ、寧ろありがたいと頭を下げられてしまい逃げ道はなくなってしまった。どうやら息子の勉学意欲の上昇とその結果で、リングへの信頼は満点になっているらしい。
リングとしては、自身の能力によるものではないので内心複雑である。
ともかくそんな経緯で花火を見に行くこととなったが、ここでリングの頭を悩ませるのが関係性と他人の目であった。そもそも、生徒とプライベートで交流を持つのは褒められた話ではない。その時点で職場の人間や生徒に保護者と避けねばならぬ目が多いが、更に危険なのはスカルの言動行動である。

「元ならギリギリ許さなくもないけど、そもそも好感度稼ごうとしている時点で未練が……」
「……なんでお前の中の俺は、男にモテることになってるんだ?」

何をどうしてそうなったのか、スカルは世間の男共は自分のライバルだと思っているらしい。実際のところ、悲しいかなリングは性別に関わらず大してモテた経験はないのだが。

「リングは女より男が寄ってくる雰囲気がある。で、答えは」
「……。貸してくれたのは、大学の先輩だよ。因みに面食いの女好き」
「ならいい」

あっさり納得した様子に、安堵と困惑がリングを襲う。一体コイツは何をしているのだろうか、とどこか冷めた目の自分が訴えかけている。スカルはというと、機嫌は直ったらしく「早く行こう」とリングの手首を掴んできた。

「おま……っ、だからそういうのは」
「止めろって? なら尚更早く行こう」

大きく溜息を吐いて、リングはスカルの数歩先を歩き出す。二人が向かうのは花火大会会場……ではなく、そこから少々離れた一棟のオフィスビルだ。他者を避けつつ、スカルと花火を見る約束を果たす方法を考えた結果、リングの脳内に浮かんだのが大学時代、ゼミ一同で花火より酒を優先した夏の一晩であった。場所を提供してくれた先輩に駄目元で頼み込むと、意外とあっさり承諾してくれた。勿論、何故そんな頼みをしてきたのかは洗いざらい吐かされたのだが。完全に面白がられていたが、背に腹は代えられない。色々なものと引き換えに借りた鍵と共に、二人は大衆と違う方向へと歩いて行く。道すがら、適当な屋台でいくらか食べ物も入手する。リングが全て支払ったので、スカルは「将来倍以上にして返すからな」と冗談にしては重いこと言っていたが、リングは気にしないこととした。
そんな喧騒を抜け辿り着いたビル街は、在学時と大して変わらず暗くて静かだ。裏手口を借りた鍵で開け、階段を登る。もう一度鍵で開けた先には、まだ花は咲いていない。

「間に合ったか」
「そんなに花火が見たかったのか?」

まだ熱の残るコンクリートに腰を下ろすと、スカルがそう呟いた。

「いや、お前が来たがったんだろうが。……そりゃ、ちゃんと会場に連れてけないのは悪かったけども」
「それは気にしてない。花火は口実だ」
「……だろうな」

そうだろうとは思っていたが、言い切られると呆れる気にもならない。隣に腰を下ろしたスカルにペットボトルを渡しながら、空を見上げる。雲のない空に、最初の花が咲き、続いてふたつ、みっつと空が彩られていく。

「でも、リングと見る花火は良い、と思う」

そう言いつつ、スカルはリングを横顔を見上げている為、花火なぞ見ていない。普段と違うそれを記憶に刻みつけようと腐心している。

「それなら良かった」
「……また、二人で見たい」

スカルの声は、連続花火の音にかき消されてリングには届かなかった。





「――お前さ、あの時の花火のことずっと根に持ってたのか」

グラスにビールを注ぎながらリングが尋ねる。先ほど押し付けるようにされて見たメニュー表の値段は、無理やり脳内から追い出した。

「根に持ってない。ただ『いつか俺とリングで実行するリスト』に入れていただけだ」
「……ああ、そう」

グラスの中身を呷り、窓へと目を向ける。地上から随分と離れたそこから見えるのは、あの時よりも大きく近い大輪の花火だ。
二人で花火を見上げてから10年以上の月日が流れた。普通ならばスカルの高校卒業と共に切れるべき縁の筈だったが、今もこうして続いている。いや、発展した。スカルの夢――将来的にリングを養う、つまり婚姻関係を結び、自身は生活に不自由ないだけの収入を得る――は、叶ったのだ。

「で、感想は?」

ガラスの向こうには、あの時のように……いや、あの時より大輪の花火が打ち上がっている。このロケーションが売りのホテルは、確保するのが相当大変だっただろう。尤も、スカルからすればそれくらい大したことのない苦労なのだろうが。

「良い。……でも、あと一つ必須事項がある」
「なんだそりゃ」
「あの時は着てくれなかったから用意した。当時の懐事情的なグレードと、今似合いそうなの両方」
「……」

どうやら、リングが思っていた以上にスカルは根に持っていたらしい。男に浴衣を着せて何が楽しいのか、と思いつつリングはスカルの好きにさせることとした。