白黒的絡繰機譚

奈落の半月は程遠く

※18禁・グロテスク描写有り※人外(元人間)×人間(不死化)な和風パラレル。人体損壊・異物挿入(腕等)の描写が有ります。

山の如きその巨体、形作るは数多の髑髏。山より顕現し木々を薙ぎ払い獣を喰らい、遂には人里も同様に。武士に術師の屍の果てに討たれた化生、残るは二度と地上に現れぬよう楔を埋め込み祀った祠。時代の流れと共に意義も信奉も消え失せ、辛うじて形が残るばかり。
――その祠の奥深く、人には感知できぬこの世でない其処で何が行われているのかなぞ、誰も知ることはない。



「っ、ぐ……っ、が……あ、ひっ……!」

満月よりも明るい夜のような空であった。いや、空のように見えるだけの何かであった。明るいが夜より深い闇に満ちた下、地面は白い砂が広がっている。鳥や虫の気配もない、生命の気配のない地は絶え間なく悲鳴だけが落ちていた。

「今日も赤いな」

低い、男のもののような声が響く。かさついた、それこそ砂のような声は酷く楽しそうである。

「ひぅ……っ、あ、ぁぁ……」

泣きの混ざった悲鳴の合間にぐちょり、べちょりと粘ついた音が挟まっている。
白き砂の上、果てのない白黒の世界に一つ、鮮烈な赤があった。赤い以外何なのかも判別できぬそれは、上に伸し掛かる歪な白にかき混ぜられていた。

「……。流石にこれじゃあ、楽しくないな」

音が止み、歪な白が赤から離れる。どこか絡繰めいた不自然さで立ち上がるそれの姿は、紛うことなき化生であった。二本の脚で立ち、二本の腕を備えているのは人と同じ、しかし頭部に鬼の如き二本の角、腰からは蛇や蜥蜴を思わせる長い尾が生えた形は人から遠い。いや、人どころか命あるものとして有り得ない姿をしている。身体の半分は肉も皮もない、骨だけなのだ。その左目から額にかけてのみ皮のある歪な顔は、足元に広がる赤を眺めていた。液体と固体の入り混じったそれは、まるで呼吸をするように蠢いている。暫くすると、赤の表面に二つの青が浮かんできた。目玉である。化生はそれを確認して、左目を細める。骨しかない喉は耳障りな音を立てており、まるで笑っているようであった。それを浴びながら赤は蠢き、戦慄き、何か明確な形になろうと藻掻いている。

「早く、早く。おれを退屈させるな」

藻掻く赤から白が浮かぶ。白、欠けのない人骨周りの赤が肉となり、皮となる。水のように広がっていた残りの赤は同じ色の髪となり、明確な形のなかった赤は一人の男へと成っていた。

「……」

男は青い目で化生を見上げている。その表情からは感情が読み取れない。恐れているのか、諦めているのか、男は瞬きすらせず化生を見上げ、行動を待っている。化生はまた絡繰めいた動きで膝をついた。そして肉のない右手で男の頬へ触れる。周囲の砂と同じ色の指先は、僅かに震えただけで男の肌を切り裂く。男はその痛みに気づいてないように変わらず化生を見ていた。その左目の向こうに、何かを見出しているように。

「……――」

男の唇が僅かに震え、声にならぬ声を吐き出す。
――こうして男が「戻った」際、いつも同じ震え方をしている。化生には一度も聞き取れたことがなかった。此度もそうだ。男の身体に知らぬ箇所はないというのに、その魂が一体何を抱えているのかは一向に見えてこない。喉から下を挽き潰して迫った際も、男は口を割らなかった。紛い物の月夜の下、未だ男の何かは折れていないらしい。

「お前は」

化生にとって、男は枷だ。男の全てが消えぬ限り、地上に戻り鏖殺に浸ることは叶わない。何度その鬱憤を男にぶつけようとも、先程のように「戻って」しまう。脆弱だが強かで悪辣な、人にしか行えぬ業にて化生と男は地上でも地下でも、極楽でも地獄でもない此処に囚われている。地を埋め尽くしていた数多の髑髏が朽ち、砂粒のようになる年月――尤も、此処にそのような理が働いているのか甚だ疑問ではあるが――が過ぎ去ろうとも、化生と男はただ存在していた。

「何を望んで、そう在る」

贄にしては目に光があり、しかし勇士にしては無気力すぎる。化生に人のような魂なぞ存在しないというのに、がらんどうの右眼窩から何かが滲む気がした。男の頬に触れたままの指に力が入り、頬肉がごそりと抉れる。それの痛みに男はようやく表情を変えた。痛みに顔を顰めている――ように見える。

「……ただ、救いたいんだ……」
「は、綺麗事を」

人界を荒らした化生を楔として身一つで封じている男だが、そのような正義を抱えているようには外道の身からしても思えなかった。救うならば、その不死の身体を使い化生を討ち滅ぼせば良い。地上では何者からも傷一つ負わなかった化生であるが、此処においてそのような力を振るえないことは察していた。此処には力の源である死が、怨詛がない。それらで繋げ、溶け合い一つになっていた無数の髑髏も無惨な砂粒だ。そうしてまるで人のような姿――まだ程遠いが化生の目からすれば同じようなものである――にまで零落しているからだろう、男の悲鳴を喜ぶ言葉以外を紡げるようになってしまった。

「違う、これは俺の……独りよがりだ。望まれてない、それでも止められなかった醜さの発露だ」
「……」

男の表情はまた変わっている。化生に腹の中をかき混ぜられている時のそれに似ていた。化生の好む顔だ。

「醜さか、ならばおれの贄として相応しいな」

化生は化生であるからして、人の醜悪さを好んでいた。己に虫のように四肢をもがれ、命乞いをし、最後に苦痛が長引くようゆっくりと噛み潰してやるのが好きだった。

「さあ、またおれを楽しませろ」

男の頬から離した肉のない手で、心の臓を潰すように撫でた。鼓動が止まっても、男は死なない。青い瞳は光を失うことなく化生を見つめている。

「……――」

また、男の唇が震えた。




男の身体が跳ねる。それが苦痛と快楽どちらに因るものか、男には判別ができない。身体が慣れてしまったのか、それとも化生が――思い出しているのか。
それを望んで身を捧げているというのに、男の心にはいつも恐怖があった。永遠の果てに己の醜さに失望されるのではないかと恐れていた。独りよがりに過ぎない、望まれていない救済が、化生の――いや、化生の核の髑髏の主に、どう受け取られるのか。

「考え事か」

化生の声が降る。男の記憶に残る声とは似て非なるものだ。男が返事をする前に、化生が更に押し入る。視界の端で、はらわたが突き破られそうな程に形を変えていた。息が止まる。こうして腹を切り裂かれようと、そこから引きずり出されたはらわたに押し入られようと苦しいだけで、死ぬことはない。寧ろ、化生の声のように考え事をする余地すらある。
勿論、最初からそうだったわけではない。化生にまだ肉と皮が欠片も備わっていなかった頃、男は只管痛みに包まれていた。男が「戻った」瞬間に再び殺され、死なぬ故に残る意識は五感に結びつく前に塗りつぶされる。それを幾千と繰り返し続け、漸く繋がった男の目に写ったのが左の眼窩を埋めた化生であった。

「うぇ……っ」

返事をしようにも、男は言葉を紡げない。腹を切り裂かれる前に、舌を引きちぎられている。唇から溢れたのは、血と空気だけだ。口元から胸へ流れ落ちる血は、男の髪と混ざり合い地面を侵食していく。

「醜いな」

まるで褒め言葉のように化生は口にした。更にそう在れと言うように、化生が止めていた律動を再開する。人間同士の真っ当な――穿たれているのは雄であるが――まぐわいような動きだ。男が「戻る」度に増えてきた化生の肉と皮がやっと可能にした行為である。それまでは化生の骨の腕や尾、切り落とした男の腕が代わりのように使われていた。まぐわいとは程遠い、破壊行為のようなそれを行われる度に男の目には痛みだけが理由ではない涙が浮かんでいたが、化生は気づきもしていなかっただろう。
化生が動く度に男の口から悲鳴の代わりと血が溢れ、断続的に侵食は続く。

「……ぁ、あぁ……」

男の口から血ではないものが吐き出される。引きちぎられた舌が「戻って」いた。それに気づいた化生が男と目を合わせる。未だ瞼のない剥き出しの目玉は、どのような感情を抱いているのか判別がつかない。男の顔を舐めるように見つめながら、埋め込んだものを引き抜きまた打ち付ける。衝撃で男の背は弓なりに反り、血の混じった胃液が吐き出される。食物も水もない此処で、男の胃はこうして無駄な液体を吐き出す役割だけしか残っていない。
……それが人間として生きているのならば有り得ないことに、化生は気づかない。男が「戻る」のはまじないの、枷としての役割の為に必要だから起こることだと捉えている。

「声を出せ。悲鳴を上げて許しを乞うがいい」
「やぁ……」

男が首を横に振る。

「そうか。ならばもっと、そうしたくなるよう楽しまねばな。――おれを満たせ、贄」

化生は、未だ知らぬだろう。核の髑髏に肉と皮が有った頃、男の目を見て「食べてしまいたい」と物騒な睦言を囁いたことを。それが叶う今ですら、目玉を噛み潰し飲み込んだことがない事実を。
化生は、未だ気づいていないだろう。その身に肉と皮が増えるほど、男の髪が伸びていることに。男が「戻る」速度が早くなっていることに。

『いつか、白と赤がつり合ったのならば』

男へ楔としてのまじないを施した術師は言った。
それによって男は化生をこの空間へと縛り付け、死が「戻る」身体と成った。

『その時にきっと、いえ、必ず貴方の大切な人は帰って来る』

男は「戻る」度に少しずつ化生へと近づき、逆に化生は人間へ少しずつ「戻って」いく。千年先か万年か、それとももっと気の遠くなるような果ての先か。幾度心の臓を潰されようと、腹を裂かれただの赤に成り果て気が触れる程の苦痛に包まれようとも、化生と共に在ると決めている。恐れはしても、曲げる気はない。

「……――」

化生は、未だ理解できぬだろう。男の震える唇が核の髑髏を呼んでいる事実に。自身の唇無き顎骨がそれに呼応するように震えていることを。
それに気づく時、此処にはただ二体の化生が永遠に在ることに。







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