白黒的絡繰機譚

青天の霹靂

――何故好きになったの。
聞いてきたのは、美しい兄弟機だった。以前と様子が違うと言われ、データを比較して導き出された答えを告げた後に言われた台詞だ。咎めるニュアンスも、好奇心故の前のめりさもない、純粋な疑問といったそれに返せるものは、たった1つだけだ。

「分からない。ただ、好きだと思っている」

俺自身より早くその結論に辿り着いた兄弟機は、彼女は輝く水面のような目を見開いて、そう、と言った。




それを思い出しながら、俺は空を見る。そこにはもう、人間では観測できない程薄くなってしまった飛行機雲しかない。あの人が通った跡だ。それを見るだけで、そう、人間で言うならば胸が跳ねるような錯覚が襲う。きっと告げたら、鼻で笑われるだろう。いや、それすら俺の希望的観測だ。恐らくあの人は、俺という個を認識していない。
生み出すものと消滅させるもの。同じ旗の元に集ったもの。俺とあの人を繋ぐ線はある。だが、それが一体何だと言うのだろうか。兄弟機はそこから連想される何かが俺の口から発せられると思っただろう。それが正常だ。けれど、俺の中にそれを答えとして弾き出す式はどこにもない。そもそも、個を認識して欲しいという欲求も、所謂深い仲になりたいという衝動も俺の中にはやはりない。只々、正常を逸脱するだけの独りよがりがあるだけだ。
だから俺は、今日も空を見る。あの人が通るからではなく、あの人が通ったから。想うだけでいいという控えめな心がけではなく、ただそれで満たされるという理由で。だから、

「貴様、見ているな」

太陽を背にそう言われた瞬間、何も分からなくなってしまった。欲求も衝動も、存在していなかった。それはもう、過去の話になってしまった。
何も隔てることはなく、誰が見ているわけでもない。只々、俺とこの人が今此処に存在しているだけ。夢想すらしなかった、可能性にすら至らなかった、この状況を、一体どう表現すれば良いのだろう。
何故好きになったのか、それは分からない。それ以外も、何もかも。

「……見ていた。テングマン、貴方を」

けれど、只々、見つめていた。それだけが俺に出来る全てだと思って。
――兄弟機はきっと、分かっていたのだろう。俺が抱いたのは芽のような些細なもので、そこから育つ感情であるのだと。ただ好きなだけではいられない。嵐のような感情を胸に、俺はあの人を、テングマン見ていた。