白黒的絡繰機譚

頬に唇を

お嬢様は凄いなあ、と思う。
勿論、それはお嬢様だけではないのだろうけれど。ぼくの身近な、それを当たり前のようにするのはお嬢様だけなので、そう思う。

「駄目ですよ、汚れます」

お嬢様がもう少し小さかった頃、何度目かのそれにそう言ったことがある。
人間の子供は、嫌いじゃない。多分好きだと思う。でも、好きだからあまり近づいて欲しくない。服や肌が汚れるだけならいい。もっと悪いものをその柔らかくて壊れやすい体内に取り込ませてしまったら、……そんなことは、したくない。
だから勿論、ここに帰る前にしっかり洗浄や残存物のチェックはしている。でも、それでも不安は消えない。
でも、お嬢様は綺麗な大きな目をぱちくりとさせて、ぼくに笑いかけた。

「だめじゃないわ。私がしたいからするの。ね、いいでしょダストマン」

そうしてまた同じようにしてくれたのを、ずっと覚えている。忘れないように、している。




――それを思い出しながら、コツンと音を鳴らした。何の音かというと、ぼくの吸込口が君の胴体に当たった音だ。ぼくと君は、随分と背丈に差があるので、君が座っていたり僕が何かの上に載っていない限りはそうなってしまう。それは残念なような、今だけはありがたいような。

「……?」

君が不思議そうにぼくを見る。どうして、なんで、と言いたいのだろうけど、君は真面目だから業務中に私語なんてしない。誰も気にしないし、気がつかないけれど、だから真面目なんだよね。それを知っててやったぼくは、不真面目極まりないけれど。だってほら、やっぱりさ、恥ずかしいじゃないか。でも、君はあと二時間程度の業務が終われば、尋ねてくるかもしれないから、ぼくはその前にどうにか覚悟を決めなくちゃ。

「お嬢様みたいにはいかないなあ」

こっそり、君には聞こえない音量で。勿論、お嬢様がぼくにしたのと、僕が君にしたのでは意味が違うのだけれど。それでも、行動自体は変わりはしない。他者の頬に、自身の唇を寄せる。たったそれだけ。勿論僕にお嬢様のような柔らかい唇はないし、背丈が違うから頬に届いてもいないのだけれど。それでも、ぼくがしたいからそうしただけ。
……でも、そう伝えた時君が嬉しく思ってくれればな、なんてね。