白黒的絡繰機譚

蜘蛛の思う蝶の理想

「死にたがりだよね、君」

また変なことを言い始めたな、と思った。そもそも、俺相手に変じゃないことを言う時なんて、周りに他人がいる場合だけだ。つまり今じゃない。
この人と二人きりになる事態はなるべく避けたいと思っているんだが、何故か毎度読まれているのか回避されているのか、叶ったことは殆どない。

「そう見えるらしいですね?」

別に死に急いでる意識は一切ない。けれど他人はスタントに明け暮れる俺の様子をそう捉えるらしい。制作意図に沿って活動してるだけでなんて言われようだ。
人じゃないように作っておいて、人の枷に当てはめようとするのは人間の悪い癖だ。尤も、俺達ロボットも何故か人間の枷を外せないのでお互い様なのだろうが。

「自覚なし? まあそうか。自覚あったらあんな顔しないね、君は」

にこにこと楽しそうな表情を液晶が作る。反射する俺の顔は正反対に不機嫌だってのに、気にする様子はない。あったらこんなことになってないか。
促されるままに体勢を変える。俺が上で、この人は下。搭乗者と乗り物らしい位置関係、なんてどうでも良いことを思う。今日の俺は随分と余裕がある。
――死にたがりなら、もうとっくに死んでるだろ。

「考え事?」
「いいえ」
「さっきの考えてるんだ? 君、真面目だもんな」

俺の顔は特に変わりない。それなのにこの人のアイカメラは何時だって正確だ。
……いや、正確さは欠片もないか。俺の本心に気づいてりゃ、こんな図太い態度は取らないだろう。他の奴らに対しては敏い癖に、どうして俺相手にはそれが微塵もないんだか。

「万が一嫌なら、声に出してみたらどう? 君、人好きするからさ」

そんなこと出来るもんか。
アンタだって、出来ないのを分かっているからこうしているだろう。そうに、そう決まっている。
しかし万が一、ときたか。恐らく本当は、欠片も思っちゃいないんだろう。俺の不機嫌に気づいただけ、いつもよりマシなんだが。それも今日はそういう気分じゃないんだろう、くらいにしか思っちゃいないに違いない。それでも別に止める選択肢はないらしいが。

「さあ、アンタには負けますよ」
「いやいや、君には勝てないよ。……だって君、ほおっておけないからね」

人差し指で顎を持ち上げられる。

「誰かに観測されていないと、君はいつの間にか死んでしまっているように見えるんだよ。だから周りに人が集まる」
「……」

静かな声だ。まるでこの人じゃないみたいに。

「実際君は死にたがりだし……でも、誰も彼も間違ってる」

液晶には孤が2つ。

「君は俺の手で壊れて動かなくして欲しいんだろ。スタント中の事故や、経年劣化の故障なんて真っ平御免でさ。死にたいけど、死に方はもう決めてる。それ以外なんて求めてない。頑固で可愛いね」

俺じゃなければうっとりするような声で言う。
違う。俺は死にたくなんかない。少なくとも、アンタの手の内では。蜘蛛の巣に引っかかって死にたい蝶がいるもんか。

「君の願いだし、叶えてあげたいけど……でもすぐそうしたら面白くない。……君が声に出してくれるまで、仲良くしようじゃないか」

俺は不機嫌な顔しかしていない。俺はアンタに殺して欲しくない。そう言いたい筈なのに、

「ほら。そういうところが正直で可愛いから好きだぜ、ニトロマン」

液晶に映るものが、少し、ブレた。