白黒的絡繰機譚

最後の向こう

マスクレス・独自メカ設定有り

――こんな事を真面目に考えるのは馬鹿だ。
そう思う。そう思っている。少し前の俺だったのなら、絶対に考えようなんざ思いもしなかった。考え始めた今でも、馬鹿馬鹿しくて投げ出したくなるくらいだ。それでも、この遅々として進まないループにも似た考えは止まらない。

「考え事とは余裕だな」

こつ、と軽い音のした方に向き直る。呆れたような顔をしたジャイロがいる。俺を小突いた箒を手に、意味のなさそうな掃除の真っ最中だ。相変わらず客が禄に来ないからな、ここ。……それに付き合ってる俺も、傍から見たら無意味なんだろうが。

「手動かしてんだから別に良いだろ」
「まあ、な。だが……」

いつもどおり、ムカつく顔でジャイロが笑う。目元だけで分かるんだから、相当だ。そう思うくせに目を離せない俺も相当だ。

「俺の前でとはいい度胸だ」
「……お前、なあ」

予想はした。そういう奴だ。俺の想いを知っているから、当然の事項としてそう思っていやがる。自分以外の何もかもが優先順位で自分に負けるはずがないと、信じている。傲慢で、強欲だ。
だがムカつくことに、俺にはそれを否定できる材料が一つもない。ここのところずっと考えていることは、結局コイツの、ジャイロのことなのだから。




――唯一でありたい。
この場合の唯一の定義とは何か。上位権限を用いようとも永久に書き換えられない、ブラックボックスに近い場所に俺という存在が刻まれること。多分、言語化するとそんな感じだ。もっと簡潔に言えば、只の独占欲だろう。掴みどころのないアイツに、俺を刻みつけてやりたいだけの、侵略にも似た欲求だ。
以前の俺ならば、言語化する前に引き裂いて粉々にして踏みにじっていただろう。最後に俺だけを見て、壊れてしまえばもう書き換えられることはない。簡単で、単純なことだ。けれど、今はもうそれを選べない。
一瞬じゃ物足りない。そんな刹那じゃ満足できない。そんな不確かで一方的な行動じゃ、アイツの唯一になれるはずがない。
それで結局行き着くのが、――人間の真似なんだから、お笑い草だ。




「で、何を呆けた面で考えてたんだ。笑ってやるから言ってみろ」
「決めつけんな。……まあ、でも、お前は笑うだろうな」

俺がそう返すと、何故かジャイロは少し驚いたようだった。極々偶にだが、コイツにこういう顔をさせられると気分がいい。まあ、この後を思うと差し引きゼロどころかマイナスの可能性もあるが。
箒ごと腕を引いて、距離を近くする。

「……俺が」

演算能力をフル回転させて言葉を選ぶ。だが、どんなに選んで、取り繕ったところで結論なんざ変わるわけがない。馬鹿みたいに真面目に考えて、けれど結局、結論はミリ以下すら変わりはしなかった。
邪魔な箒を手放して手放させて、お互いの口元を覆うマスクも外す。普段見えない口元は、こちらの様子を窺うだけで動かない。

「今、これ以上」

人工皮膚同士の接触。それ以上の意味はない。お互い普段使わない、使う必要が全くない器官だ。けれど、場所も時代も全く違う俺達の製作者共は、何故かそれを自分達と同じく搭載した。それをずっと、無意味で馬鹿だと思っていた。
たった数秒の接触は、離してしまえばそれで終わり。俺が今から口にするものも、それと大差はない、はずだ。だが、どれだけそれを理解していても答えは変わらない。製作者共と、恐らく同じように。

「お前を寄越せと言ったら、どうする?」

さっきまで触れていた唇が震えるのが見える。そこから何が飛び出すのか、俺には分からない。俺を見上げる青い色は、それでも驚いているように見えた。
……結局、俺が一番コイツを動揺させられるのは、本音の吐露なんだろう。

「……。一応、お前は地球生まれじゃないから確認しておくんだが」
「おう」
「つまりお前は、この星でいう人間の真似事がしたいんだな?」
「……そう、だな」

肯定する。この言い様は、あんまり良い予感がしない。声も普段どおりの通常運転で、結果もそうなるようにしか思えない。

「そうか」
「……それだけで終わらすつもりじゃねえよな」

ジャイロが笑う。微笑んでいる、の方が近しいか。どちらにせよ、少し……いや、かなり珍しい笑い方だ。

「ジャイロ」
「いや、はや。まさかお前の口からそんな事を言われるとは」

ジャイロが俺の唇に触れる。

「ま、あれだ。――それくらいの気概はないとな?」
「それは……」
「侵略者だろう? ああ、許可したら侵略でもなんでもないか?」

珍しい笑い方だが、やっぱりいつものジャイロの顔だ。それはそうなんだが、他に言い回しが分からない。強い目が、俺だけを見ている。

「とは言っても、今すぐ来いとは言えないがな」
「そりゃ、まあ、そうだろうさ」

結果的に休憩時間みたくなっているが、今も立派にコイツは業務活動中だ。

「勿論それもあるんだが……。ああ、そうか、お前やっぱり分かってないんだな」
「……?」
「前も似た……いや、あの時は真逆の話をしたか」

そう、それは最初にコイツのマスクの下を見た時だ。そもそもそれが着脱可能ということすら、俺は知らなかった。
全く違う環境で制作されたんだから、そうだ、そうじゃないか。

「!」
「流石に気づいたか。……そうだな、光栄に思え、とでも言っとこうか」

――唯一でありたい。製作者も所有者も、どんな上位権限を使っても書き換えられない、俺とお前だけのブラックボックスのようなものに、刻み込んでやりたい。
そんな俺の独占欲はもう、完了していた。コイツが、他者を見下して空にいるジャイロにはあるまじき、誰からも、本人からしても恐らく、これは想定外の行動だ。
ジャイロ他者のために身体を、構造を弄ろうと思うなんざ、誰も思いつきもしなかっただろうよ!

「ジャイロ」
「うん」
「……好きだ」
「ああ、知ってる」

抱きしめて、呟いて。
これだけじゃ不完全だからと、望んだはずだったんだが、おかしいな。ああ、でも、これだけじゃないと分かったんなら、物足りない。
真似事でも、滑稽でも、それ以外だろうとも、奪って与えて触れられるなら、そうするだけだ。