白黒的絡繰機譚

彼は何時だって笑う

「でもアンタは、そのうち俺に、飽きるだろ」

一体どういう流れでどうなって何だったか、記憶には少しも残っていない。俺達の脳味噌は人間と違うっていうのに、それみたいに強烈な一つに有象無象が塗りつぶされた。
一瞬、俺の視覚情報以外の機能は全て止まった。分からないけど、確実に、絶対に。光も、空気も、何もかもを止めるだけのものがそこにはあった。

「ウェーブ」

聞いたことのない、聞いたことのある声。

「それ、本心から言ってます?」

音の一つ一つが、俺の身体から熱を奪っていく。思わず伏せてしまった頭が上げられない。

「ウェーブ」

冷え切った首筋に落ちる、聞き慣れたチューニングの声。ほんの少しだけ緊張が解けて、ゆるゆると頭を上げた俺を見下ろすのは、

「……ひっ、」

見たことのない、ネプチューンの顔。表情がごっそり剥げ落ちた、無表情。赤い目玉だけに温度が見える。その目玉も何を思って俺を見ているのかが分からない。怖い。でも、同時に思う。
ほら、俺にだってそういう顔できるんじゃないか。なら、やっぱり俺の言ったことは――。

「怒らせるようなことを言った、という自覚があるんですね、そんな怯えた顔をして。でもね、ウェーブ。私は怒ってはいないんですよ。貴方が本心はどうあれ、あんなことを言うだけの理由があった、のでしょう?」

消えた表情が返ってくる。声に温度が現れる。いつものように笑っている。でも、目玉だけは変わらない。怯えた俺が反射している。
ああ、そうだ、思い出した。アンタが笑うからだ。俺なんかを前にして、いつも笑うから。意味がわからない。俺は、ほら、今みたいにすぐ怯えて、アンタを疑って、泣いて、酷い奴だ。
だから、思ったんだ。当たり前じゃないか。こんな奴にいつまでも愛情なんて注ぎ込めない。万物に永遠なんてない。ロボットの俺達は、人間なんぞよりもよくよく知ってるじゃないか。

「伝わっていなかったんですね。だからあんなことを言った。なら、何度でも、いくらでも伝えましょう。私には、貴方だけ。貴方だけを、愛しているんですよ、ウェーブ」

なのに、アンタはそんな事を、優しい声で言う。
怒ってくれた方が、呆れてくれた方が、責めてくれた方が、愛想を尽かされた方がよかった、と思った。

「だから、飽きるなんて有り得ない」

笑っている。俺を見つめている。分かってしまう。アンタは、本心からそう言ってる。
なんで怒ってくれないんだ。そうしたら、こんな愛なんて知らないで済んだのに。