白黒的絡繰機譚

本日も平常運転

スリープモードからの復帰。数値良好。本日は晴天で温度湿度も人間が活動をしやすいものだ。つまりきっと、我が自慢の博物館にも来館者が来るに違いない。ならば兵器工場のルーティンを早急にこなし、万全の態勢にしなければならない……が。

「嗚呼……、本日も良好に動いておられる……」

専用の端末を開いて、表示される数値ログを確認する。博物館のものとも、工場のものとも違う、只一体、一人の為に用意した専用だ。
陳列した兵器とも、量産されるそれとも全く違う、恐らくこの宇宙で只一つ、唯一無二の素敵な、素晴らしいもの。マース殿。戦の神の名が相応しい。
リアルタイムで受信するのもいいが、スリープ明けにこうして多量のログを読むのも堪らない。この前そう告げたら「お前は俺の出す数値が好きなのか」と至近距離で問われたが「マース殿の全てを好いているので」と言ったら感情数値が好転しておられた。その好転の条件がまだ俺にはよくわからない。とても歯痒い。やはりまだログが、データが足りないのだろう。もっと詳細なデータを取れるプログラムを組まなければならない。工場で生産している武器のファームウェアのアップデート配布が近かったはずだ、参考にできるだろう。
永久に眺めていたいが、そうもいかない。時間は無情にも有限である。自室を後にしてルーティンをこなさなければ。勿論、己のメモリの一部はログの受信用に確保しておく。膨大なログを直接受信するのは至極だが、片手間となるとリソースを割ききれなくて消化不良だ。こういうものを贅沢な悩みと言うのだろうか。

「……ム?」

他の優先プログラムに割って入るアラート。内容はGPSから発された急激な座標移動。慌てて部屋に戻って端末をまた開く。詳細を確認するのは一瞬で良い。全速で部屋から飛び出す。扉を開け放てばそこには。

「お早いご到着で! マース殿!」

俺の唯一、求めてやまないもの。素晴らしき兵器。朝から貴殿と出会えるなんて、本日はなんと良い日なのだろう!

「ログを確認した形跡があったから、起きているのだろうと思ってな」
「いつの間にそのようなカウンタープログラムを!? むむ、改良の課題が増えてしまった……」

流石と言うか、なんと言うか。俺の用意するプログラムは、何時もマース殿にはすぐ存在がバレてしまう。一応俺にも、これは極秘で行うものだという認識くらいはある。それなのに、目論見は一度も成功していない。それどころか仰るように、逆探知をされている始末。その察知能力の高さには感心するし、大変良いと思うのだが、目的が果たせないのは悲しい。理想と現実の二律背反とでも言うのだろうか?
頭を抱える俺に、マース殿の砲身が当たる。……恐らく、人間で言うなら頭を撫でるような動作なのだと、クリスタルやジャイロが言っていた。それに恐らく意味はない。けれど、ログの数値は良好。だから、良い。

「いやしかし、何故俺が起きているとこのような行動に?」

けれど、疑問は湧くものだ。砲身の当たった箇所が、何故か変な数値を一瞬出した。気の所為か、誤作動か。

「それをお前が聞くのか?」

呆れられたような声でマース殿が言う。俺には意味が分からない。分かるように出来ていない。マース殿は分かっているのだろうか。嗚呼、やはり、貴殿は素晴らしい。

「お前と同じだ。お前が俺の事を全て把握していたいように、俺もそう思い行動している」

マース殿が声を上げて笑う。やはり俺にはよく分からない。けれど、貴殿がそれを喜ぶのならば、俺は、俺達は何も間違っていない。正しく、全てが。
……それでも貴殿は、俺の望むように展示されてはくれないのだが。此ればかりは仕方がない、のだろうか?

「嗚呼、マース殿。貴殿が嬉しいのなら、望むのなら、俺もそのように」

けれど結局、全ては些事でしかないのだ。
何故なら俺は、何時ぞや告げた通り、貴殿の全てを好いているので。