白黒的絡繰機譚

何処に此処に

精霊×怨霊?なパラレル

帰りたい。何処へ。国へ。家族の元へ。
俺は、そんな飛行機乗り達の最後の思いから産まれた。
帰りたい思いだけは強いのに、実際に帰れなかったものだから、俺という存在は酷く不安定だ。
飛べるのに、隣の小島まではたどり着かない。帰りたいのに、帰る場所すら分からない。機械と人間を混ぜたような中途半端な見た目に、人間のような思考と、システマチックな身体が噛み合わない。
思いの半分の故郷では、多分俺は妖と呼ばれるものだ。けれど、人を騙すことも食うことも出来やしない。だって、此処には誰も居ない。木々と虫と、時々鳥。そんな、小さくて、どうしようもない島に、俺は只々、佇んでいた。俺を形作る思いだけは強いので、消えてなくなることすら出来やしない。
嘆いて、喚いて、呻くだけの生き物ではない何か、それが俺だ。
ああ、なんて、どうしようもない。




――そんな永遠の地獄のような日々に変化が訪れたのは、何の変哲もない暑いだけの日だった。
それは、俺の可視範囲の遥か向こうから突然飛んできた。
見たことのない、まるでオウムのような、渡り鳥。

「なんだお前、へんな見た目だな!」
「……」

おまけに随分と達者に喋るときた。
何か言い返してやろうと思ったけれど、呻き嘆きしか出したことのない俺の喉もしくはスピーカーは、咄嗟に何もひねり出すことが出来なかった。

「はじめて見るな。ああ、お前ももしかして、俺と同じなのか?」
「……?」
「自由なもの、ニンゲンはそう呼ぶ」
「……じ、自由な、もの」

酷い声が、なんとか言葉を出力する。

「そんなものな訳が、あるか」

自由ならば、俺はとっくに何処かへ帰っている。

「でも俺は、お前のその背中にあるようなもので、ニンゲンが飛ぶのを見たぞ。飛ぶやつはみんな自由だ」
「……俺は、この島から、遠くに飛べない」
「へえ、わりとポンコツなんだな。……そうだ、俺がもっと大きくなったら――」

その鳥は、まるで夢のようなことを言った。
まだ雛のような大きさの癖に。それにオウムや渡り鳥なんて、俺の腕に収まる程度にしか育たないのに。
……けれども、俺を形作る思いが、その言葉で少しだけ、楽になったのが分かったから、俺は。
何故かこの雛と、共に暮らすように、なってしまった。




さて、暮らしてみるとすぐにこの雛は唯の鳥ではないことが分かった。
何せ電気を使ってイタズラ――俺がどうにか食えるものを探してやっているというのに、機械の部分にそれを流して誤作動させてくる――をしてきたりする。それに脳みそのないような見た目のくせに、どうにも理知的なことを偶に言う。
お前はなんなのだ、と問うてみたが、どうにも明確な答えは返ってこない。まあ、野生の鳥とて、お前が鳩なのか烏なのかと聞いたところで知らんと言うだろうし、そんなものなのだろう。人間が勝手につけた名前だ。
名前と言えば、雛は勝手に俺をジャイロ、と呼ぶようになった。まあ確かに俺の背にあるものはそういうものだ。連想としては随分と安直だが、名前を得たことで俺という存在は少し安定した。呻き喚くことが減り、雛と話す言葉がするすると出てくる。雛自身は、名前は「まだ言えない」と言ってはぐらかした。まあ呼ぶことも特にないので、困りはしない。

「ジャイロ、ジャイロ」

雛は何時も、随分と楽しそうに俺を呼んだ。

「お前は何時でも楽しそうだな」
「ジャイロがいるからな」
「それがどうして、楽しくなる?」

俺は楽しさなぞとは、無縁の存在だ。
嘆きと恨みと未練と後悔で出来た、何かでしか無い。

「だってお前は、俺を見てくれる。俺が何か言えば、返してくれる」
「それだけか?」
「それだけでいい」
「……そんな些細なもののために、お前は遠い海の向こうから来たのか」

雛はこくりと頷いて、俺の用意した果物を食ってた。
海の向こうから、そんな些細なものの為にやって来た雛。馬鹿げている。
だがその馬鹿げたものが、俺を形作る者を鎮めているのだった。




雛は段々大きくなった。唯の鳥ではないのは知っていたが、俺より大きくなったところで流石に尋ねた。

「お前は一体、何なんだ?」

雛と呼べなくなったそれは、真っ赤な目で俺を見下ろして言った。

「言っただろう、自由なものだと」
「説明になってないだろう」
「……本当はこういうの、自分で言うもんじゃないんだがな。俺は雷から生じた、自由なもの。ニンゲンが恐れ敬い、サンダーバードと呼んだものだ」
「つまり、妖?」
「それよりは神に近いかもな。……まあ、そんなの些細な違いだ。俺は俺、それだけだ」

唖然とする俺を見下ろして、それはひとしきり笑った後、人のような形に変じた。
姿かたちすら自由なのか、俺とはちっとも似ていない。

「ジャイロ、俺と共に海を越えよう」

それの腕が俺を抱きしめた。

「何処でも好きなところへ行こう。世界の何処へでも連れて行ってやる」
「それは……」

帰りたい、何処かへ。帰れない、何処へも。
俺は何処へも、飛べない飛行機だ。

「無理だ。俺はお前みたいに自由じゃない」

確かにお前は、俺を何処へでも連れて行くと言った。夢のような言葉だった。
でも俺は、帰れないことで存在している夢幻だ。
自由になった途端、消える泡だ。

「ジャイロ」
「お前は、俺なんぞ気にせず自由に飛べばいい。……そうすれば、俺も多少は、楽になるだろうよ」
「そんなの御免だ。……ジャイロ、俺はニンゲンに追われてあんな小さく不自由になった。けれど、お前が俺を忘れず、無視せず、居ないものとせずにいてくれたから、力を取り戻せたんだ」

ああ、そうか。妖にしろ神にしろ、人間はもうそんなものを忘れてしまっていたのだった。

「お前は、帰りたいんだろう。何処かへ行きたいんだろう。……俺には出来る、出来るはずだ。お前のために……」

俺を抱きしめる力が強くなる。
混ざり物の腕で、抱きしめ返す。図体はでかいくせに、雛の頃みたいだと思った。

「俺達の居場所は、もう此処にしかないんだ、きっと」




帰りたい、帰れない、帰りたい、ああ。
今日も内から響くそんな声を聞き流し、俺は人と機械の混ざった身体で、鳥の羽に包まれている。
お互いの欲しいものは何もない。けれど邪魔されることもない。
俺達はただ何処でもなく此処で、永遠に寄り添っている。