白黒的絡繰機譚

善意で動けない

「あっ、ニトロマンさんお久しぶりですー」
「どうも。クランクアップしたんでちょっと走りに来ました」

人でもロボットでも、他者と話すのは嫌いじゃない。というか、自分の用途的にコミュニケーションは必須に近いのだから、わざわざ嫌うように作る必要性もない。
寧ろかなり好いているんじゃないだろうか。別に四六時中他者と喋っていたいわけじゃないが、それなりには。
……でも、そんな制作意図や性質を無視する程度に、嫌になるときもある。例えば、

「それはそれは。あ、走るんだったら今日チャンプ来てますよ。あの人、最近来る度にニトロマンさんは、って聞いてこられて」
「はは……」

こういう話題になった時、とか。
曖昧に打ち切って、廊下を進んでいく。その間にすれ違う人も細部は違うが同じことを言っていた。俺はひたすら曖昧に笑って、目的地へと向かうのだが足が重い。

「ニトロマンさん、チャンプ今いますよー」
「それもうみんなに言われましたよ……」

もうほんの少しでサーキット、というところでこれだ。正直もう帰っててくれないか、と願っていたが叶わなかったらしい。
……皆、善意で言ってくれている。分かっている。傍から見れば、言わない方がおかしいんだ。分かっている。

「ちゃんと連絡してあげてくださいよー。いえ、お忙しいんでしょうが」
「善処します……はは……」

たどり着いたロッカールームの扉を開ける。そこには一人しかいかない。ソイツは俺を見てにっこりと笑った。
人の気も知らないで!……いや、知っていて笑う、そういう奴だ。

「ア、ン、タ、ねえ!!!」

大股で近づいて、ベンチに座ってるチャンプ――ターボマンを見下ろす。

「周りに俺の事聞きまくるの止めてもらえます?!」
「だって最近全然会わないなと思ってね」
「撮影入ってることくらい、スタッフからすぐ聞けたでしょうが!」
「まあそうなんだけど」

さらりと言いやがる。これっぽっちも何か他に思うことがないんだろう。

「人に迷惑かけることだけはホントお上手ですね」

……おっと、流石に言いすぎか。頭に血が上る、とか言うやつだ。俺はロボットだけれど。
まあ、これくらいじゃ言いすぎにもならない程迷惑はかけられている。少しばかりはいいだろう……と思いたいが、この人はこういうのは何時までも覚えていて、ネチネチと責めてくるところがあるんだよな。

「酷いなあ。みんな良かれと思ってやってくれてるのに。……周りは俺と君は仲が良いんだと信じ切ってるの、面白いよね」

どの口で俺に酷いなんて言うんだか。
でも実際そうだ、ここの関係者はもうみんなそう思ってる。そこから広がって、もっと増えるだろう。この極悪ロボットは、それを盾に堂々と俺のプライベートに侵蝕しようとしている。

「アンタ……ほんっとに悪人だな!」

俺みたいに被害者だった、という風を装う純正め!

「これくらいしとかないとお前、逃げるだろう?」

そりゃこんな悪人からなんて、逃げるしかないだろう。真正面から戦って勝つなんて、スクリーンのヒーロー以外出来るもんか。
だから、俺には出来ない。もうしっかり外堀埋められましたからね!