白黒的絡繰機譚

適応

慣れるものなのだ、とクリスタルは感心する。
あまり思い返したくもない出会ってすぐの頃は、それはもう不満ばかり述べていた。確かに己の住処は時代錯誤の安普請で、彼が合格点を出す要素なぞ何処にもない。
それは今も少しも変わっていない筈、なのだが。

「……どうした? そのように熱っぽく見つめて」
「いないです。……ただ、慣れるのだと思っていただけですよ」

しかし、今はどうだ。背景と彼のちぐはぐさは変わらないが、くたびれたソファに文句も言わず座り、縁の欠けたティーカップで紅茶を飲む有様だ。そしてなにより、彼を追い返さず部屋に上げ茶を出す自分自身の慣れ具合がなんとも言えない。

「そなたの美しさには、未だ慣れも飽きもしてないがな」
「そういう話ではないのですが。環境に、です」

クリスタルは自身のカップの中身を飲み干す。この茶葉も悪くはないが、少々飽きてしまった。新しいものを買いに行ってもいいだろう。彼相手なら、淹れ甲斐もある。
身内は殆ど茶葉の違いなんて気づきもしない。ほうじ茶どころか、緑茶を紅茶だと言って出したところで気づくかどうかすら怪しいぐらいだ。

「住めば都と言うであろう?」
「貴方の家ではないでしょうが。……全く、相変わらず口ばかり」
「そなたも相変わらず素直ではないな」

彼の分かっていると言いたげな声を聞いても、不快に思わなくなったのは何時からだったか。昨日だった気もするし、随分と昔のような気もする。
考えても仕方がない、と全てを紅茶で流し込む。温かい紅茶は美味ではあるが、流石に少し熱すぎる気温だ。やはり、切り替え時だろう。

「……そろそろ、アイスティーを作ろうかと思うんです」

彼は、素直ではない自分に慣れている。
慣れているどころか、それを愛おしいとすら言う。大仰な言葉を並べ立て、愛を囁く。それがはりぼてではないのだと気がついたのは、何時のことだったか。

「ならば、我から良い茶葉を贈ろう」
「貴方が選ぶものは、質重視すぎるんですよ。日常使いに向いていない」

だから、こう返せば次どうくるかなんて、クリスタルには手に取るように分かる。
これは占いではなく、予知ではなく。ただの……そう、慣れだ。

「では、共に選びにゆこうか」
「……ええ」

流れるように決まる次の逢瀬。どうして不快感を、嫌悪感を抱かないのか。それどころか心待ちにするような気さえ湧いているのか。
深く考えたとて分かることではない。……全ては慣れ。ただ、それだけで他意なんてない。
そう言い訳したところで、目を細めて己を見つめる男は自分よりずっと全てを見通してるのかもしれない、とクリスタルは思ってしまうのだった。