白黒的絡繰機譚

14:24:32

「……おい」

呼びかけて、肩を揺すろうとして止める。起こした方がいいのか悪いのか。どちらにせよ、コイツは怒るだろう。
毎日のように来てしまう空中庭園の、誰も座っているのを見たことがない一番隅のベンチ。そこで、管理ロボットが人間のような寝息を立てていた。
ケチりすぎて燃料切れでもしたのかと思ったが、ならば何かしら見える範囲でランプでも点滅しているだろうがそれらしいものはない。が、やけに冷却ファンらしき音はするので、なるほどこれは急速冷却中なのだろうと合点がいった。そういえば昨日も随分忙しそうにしていた。客はいないが仕事はあるんだろう。難儀なこって。

「おい、ジャイロ」

そっと隣に座って、名前を呼ぶ。一切反応はない。ファンの音はまだ五月蝿い。
視線もなく、声もなく、ただ在るだけのジャイロなんて初めてで、何だか落ち着かない。ぞわぞわする。

「プロペラ」

わざと煽るように呼んでみても、本当に動かない。
ぞわぞわする。別にコイツは、壊れてるわけじゃない。寧ろ壊れないために今動かないでいる。分かっている。ただ、それだけだ。
なのにどうして、こんなに落ち着かないのだろう。

「時間かかりすぎだろ」

これだからプロペラは。一応戦闘用らしいのに、こんな隙のある冷やし方するんじゃどうしようもないだろう。
そう、これは全てジャイロが悪いんだ。俺の調子を狂わす、コイツが悪い。
せめて最低限の触覚センサ―くらいは稼働させとけよ。そんな機能もないから、

「調子狂う。張り合いがない。……ジャイロ」

寝息として排出される、まだ熱を持った空気。マスクを外して、それを吸い込んで、立ち上がる。
本当に熱いな。そりゃこんなプロペラ機じゃ、動いていられない。納得はする。それでも、やはり落ち着かない。

「明日もそうだったら、容赦しねえからな」

本当にミクロも動かなかった身体を見下ろして、空へ。……ああ、本当に調子が狂う。全部全部、お前が悪い。




「……馬鹿だろアイツ」

エンジンの音も何も聞こえない、静かな午後だ。客の一人もいないのが残念だが。
だからこそ、こんなことになってしまった。
油断した、のだろうか。それとも、まさかアレしか来ないから構わないと思ってしまったのだろうか。何にせよ、今日のことは失態だと言っていいだろう。
だが――急速冷却モード中は、行動制限と意識レベルの低下がかかる。が、制限されているだけで、外部のことがなにもかもシャットアウトされてるわけがないだろう鳥頭め。
好き勝手言って、そして、

「ジュピター」

突然、あんなことをして。
唇に触れる。俺を呼んできた声の方が、内部温度よりよっぽど熱かった。