白黒的絡繰機譚

特権というにはあまりにも

ジャイロの足についての捏造設定・マスクレス含みます

ようやく見えてきたボロい宿舎を見上げて、溜息を吐く。歩くって動作は、どうしてこうもスピードが出ないんだ。しかも障害物が多すぎる。いつもどおり風を切れば、こんなに苛つくこともないってのに。この星は制限が多すぎる。……それでも俺は、ジェットエンジンを使わずに地面を歩く選択をとっている。
法律だの規則だの条例だの、人間の組み上げた崩れそうなほど面倒なルールを端的にすると『業務中と有事の場合以外は極力飛行能力を使うな、武装も外せ』となる。正直なところ、俺は別にこれに従う必要も、その気もまったくない。が、

「よう、遅かったな」

その業務に忠実なプロペラ野郎――ジャイロは、違反する気がないから俺にも従えと上から目線で言ってきた。ソイツは更に俺を部屋まで呼びつけて、自分はまだ身支度も終わってないという有様だ。
……多分、きっと、恐らく人間の言い方をすれば、一応それはデートの誘い、だったはずだ。言った奴と言い方で一切そんな感じはしなかったが。

「……お前、まさか俺を足に使う気か?」

アーマーを全て外し、それでも目立つエンジンが内蔵されている胸部に合わせた所為で他の部分が余りまくってる服を着たジャイロの足――膝から下は文字通りなにもない。

「あ? ちゃんと歩行用パーツはあるぞ。そこに」

ほれ、と指し示した先には、やや埃を被った歩行用脚部が転がっていた。本人が動く気がない――というかすぐには動けないので、仕方なく埃を払って持ってきてやる。
コイツの普段の足は歩行より着地に重きを置いているので、歩行メインに活動する時はパーツを取り替えた方がいいらしい。予算不足ってのは面倒くさいんだな、とうっかり口に出してプロペラで殴られたのも、今では昔のことだ。

「これ着けたとこでちゃんと動くのかよ」

とは言っても、俺もコレを着けているところはほぼ見たことがない。職場じゃ使う必要もないし、この埃の被りっぷりからすると普段は横着してるんだろう。

「まあ大丈夫だろ。年単位でほったらかしてもイケたからな」
「変な方向の耐久テストしてんじゃねえ。……まあいい、早くつけて行くぞ。歩行移動はマジで時間かかるから……」
「ジュピター」

にんまりとマスクのない顔でジャイロが笑う。ヒデェ面だ。お世辞にも善人面には見えない。
コイツがこういう面をする時は、大抵ロクな目に遭わない。嫌というほど知っている。

「着けさせてやるよ」

服を捲りあげて、接合部をこちらに向ける。……ああクソ、コイツ最初からそのつもりで呼びつけたな。コンマ数秒思案して、もう一度パーツを手に取る。
知っているし、分かっていた。でも、俺はここでパーツをぶん投げて部屋を出ていく行動は取れない。

「覚えてろよ……」

跪いて数本のコードを繋いでいく。
――もし、このままコードを引きちぎったりしたらどうなる?

「こういうのが好きな癖に」

上から楽しそうな声が降る。人を変態みたいに言いやがって。俺がさっき考えたことを実行に移すような奴じゃなくて良かったな。
……まあ、コイツは恐らく分かってる。俺が考えてることも、しないことも。その上でやらせている。性格が悪い、趣味が悪い。

「ハ? 勘違いすんな、俺は」

それでも、俺はお前だからやるんだよ。