白黒的絡繰機譚

クリスマスプレゼント

2008/12発行個人誌「CHS」収録

平和な世界のとある都市に建つビルの屋上で、一体の人型ロボットが冬の寒さも気にせず立ちつくしていた。そのロボットの名はフォルテ。世界的に有名な科学者であるワイリー博士が、宿敵であるロックマンを倒すために造ったロボットである。
そんな彼は今、宿敵であるロックマンの事を考えていた。正確には、先ほどロックマンに言われた事について、だが。

「グルルル……」

足もとに寄り添っているサポートメカ・ゴスペルが、何時もと違う様子の主人を心配したのか、低いうなり声をあげる。フォルテはゴスペルの頭をひと撫でし、心配が無用であることを伝える。そうされてしまってはゴスペルに出来ることはただ身体を寄せたまま、黙って考え続ける主人を見守る他になかった。





「明日、クリスマスパーティをやるんだ。是非フォルテにも来てほしいんだけれど……」

宿敵であるロックマンと出会った瞬間に言われたその言葉に、フォルテはすぐさま返事をすることができなかった。まるで友人に発する様なその台詞は、自分たちの関係からすれば酷く不釣り合いなものだったからだ。

「テメェ……本気で言ってんのか?」
「勿論だよ。そりゃあ……いきなりこんなこと言ってフォルテも困ってるよね。でも、僕、君ともっと仲良くしたいんだ」

その言葉にフォルテは眩暈を覚えた。初めて会ったときから甘っちょろい奴だとは思っていたのだが、まさかここまでとは彼も想像していなかったのだ。

「ハッ……。ロックマン、テメェは馬鹿か?何で俺がお前と慣れ合わなくちゃなんねぇんだ?」

フォルテの中におけるロックマンという存在は、倒すべき宿敵――いや、自分に倒されるだけの存在でしかない。それなのにロックマンはというと、このように自分と友人の様に接することを望んでいる。それがフォルテにはとても気に食わなかった。

「テメェは俺に倒される。それだけだ。それ以外のことなんて必要ねぇ。……何なら今すぐぶっ壊してやろうか!」

湧き上がる怒りに身を任せ、フォルテはバスターをロックマンへと連射する。ロックマンはそれを何とかかわすと、ラッシュジェットを発進させ、間合いを取る。フォルテはそこへ更に連射を浴びせるが、ロックマンは反撃せず、ただフォルテの攻撃を全てかわすと強い口調で叫んだ。

「フォルテ!僕は君と戦う気はないよ!」
「テメェに無くとも俺にはあるんだよ!オラ、さっさと攻撃してみたらどうだ、腰抜け!」
「フォルテ……」

悲しそうな顔でフォルテの名を呟くと、ロックマンはラッシュジェットの高度を上げ、叫んだ。

「フォルテ!明日の夕方五時から、研究所でだからね!僕、待ってるから!フォルテが来てくれるの、信じて待ってるからね!」

そう言うと、ロックマンはラッシュジェットの向きを変え、反対方向へと飛び去っていく。

「テメェ逃げんのか!俺に負けるのが怖いのか?答えやがれ、ロックマン!」

ロックマンはフォルテの叫びには答えず、一度振り返りはしたものの、全速力で飛び去ってしまった。





『フォルテが来てくれるの、信じて待ってるからね!』

ロックマンのその言葉が、フォルテの耳からは離れない。
信じて待つ、とロックマンは言った。しかし、フォルテには一体自分の何を信じているのか見当もつかないのだ。とうの昔に裏切ったことのある相手の、一体何を信じることが出来るというのか。フォルテはただ、その理由を考え続けていた。
そもそも、あの連中――ロックマンとその仲間たち――は皆、揃いも揃って甘っちょろいのだとフォルテは思っていた。こちらが本気で破壊しようとしているのにも拘らず、あの連中はあくまでも自分の身を守る最低限、又は戦闘不可能になる最低限の攻撃しか加えようとしない。それをフォルテは甘いと感じていた。命を狙われて何故その相手を気遣うのか。特にロックマンはその傾向が強く、不本意ながら何度も彼の所為で苦渋を嘗めた身としては、苛立ちを覚えるばかりであった。
けれども、その甘さの理由が少し分かった。敵としてしか見ていないフォルテと違い、ロックマンはフォルテの事を友人になれる存在として見ていたのだ。
それはとても馬鹿な考えだと、フォルテは思った。確かに自分たちは構造上から言えば近しい存在だろう。けれども、それだけであり、それ以外にお互いが近しくなる必要性などどこにもない。フォルテの感覚からすれば、ロックマンと仲良くすることなぞ、考えもつかないのだ。己の生みの親がそうであるように、彼の中には宿敵を打ち負かすという思い、目標しか存在していない。

「…………クソッ」

それなのに、どうしたことだろうか。フォルテの心はいつの間にか揺れていた。
慣れ合いたい訳ではない。ロックマンは、やはり倒すべき敵という認識しかしていない。それなのに、あの時の声が、言葉が彼の心を乱し続けるのだ。

「……クソッ、俺は……」

一体どうしたいのか。いくら考えても答えが出てこない。元凶であるロックマンよりも、迷いのある己に腹が立つばかりであった。

「グルルル……」

少し荒れ出した主人の様子に、それまで邪魔をせぬよう黙って寄り添い続けていたゴスペルが頭を上げる。彼が見る限り、主人の悩みはまだまだ解決しそうになかった。きっと直前まで悩むのであろう。
どういう結論が出ようとも、自分は主人について行くだけだ――そう考えると、ゴスペルは目を閉じた。
まだ、彼の主人は動こうとしない。





「ロック……そんなに窓の外を気にしてどうしたの?」

楽しみにしていたクリスマスパーティの準備もそぞろに、窓の外ばかり気にするロックに声をかけたのは、妹的存在であるロールだった。

「あ……。ううん、何でもないよ」

そうは言ったが、ロックの意識は相変わらず窓の外にしか向いていない。腕に抱えた色とりどりのリボンやイミテーションがこぼれそうになっているのにもまったく気がつかない程に。

「……落ちちゃうわよ、それ」
「え……っ。あ、うん。ごめん。ありがとう」

指摘され、落ちかけていたものを抱え直すと、ロックはそれらを飾るために小走りで駆けて行った。

「ロックったらどうしたのかしら……」

ロールも窓の外を覗いてみるが、そこには見慣れた風景以外の何もなかった。その時は、何も。





ロックが窓の外を気にしていた時から数時間が経ち、とっくに始まったクリスマスパーティが終わろうかという頃、一つの影が研究所に近づいて来ていた。特徴的なヘルメットを被ったそれは、紛れもないフォルテであった。
その足取りはどこかぎこちなく、何度も立ち止まっては引き返そうと方向を変えることを繰り返している。それでも、ゆっくりと研究所の前まで辿り着いたフォルテは、パーティの様子が窺える窓の下へと身を隠した。

「ねぇ、ロック。本当にどうしたの?変よ。そんなに窓の外ばかり気にして……。外には何もないじゃない」

窓の中から聞こえてきた少女らしき声に、フォルテは耳を疑った。まさか、本当に、と。

「そう、だね……。うん、心配かけてごめんね、ロール。あのね、僕――」
「アニキっ!こんなすみっこでなにやってんすかぁ!ホラ、こっちこっち!ねえさんも、ね!」

騒がしい子どもの声に遮られ、聞きたかった言葉は聞けなかった。いや、聞かなくてよかったのかもしれない。聞いてしまえば、これからの行動に対する決心が揺らいでしまいそうな気がしたからだ。
窓からもれる四角い光から三つの影が消えたのを見計らって、フォルテは身を屈めたまま移動を開始した。
ここまで来たのは決して負けたわけでも、考えが変わったからでもないのだと、自分に言い訳をしながら。





「…………」

自分の部屋のベッドの上で膝を抱え、ロックはただ待っていた。きっと来てくれる、僕が信じて待つと言ったのだから信じなくてどうするの?そう思いながら。
けれども、時間の経過は少しずつロックの心に影を落としていく。やっぱり迷惑だったのだろうか。一方的に約束と称して押し付けてしまったのではないだろうか。……本当に、来てくれるのだろうか。
一番行きつきたくない疑問に辿り着いてしまったその時だった。耳を劈く様な破壊音。

「……!」

振り返ればそこには、割れた窓と昨日からずっと待っていた姿が。

「……ハッ、シケた面してんじゃねーよ」

ぶっきらぼうにそう言うと、割れた部分から鍵を開け、部屋の中へと入ってくる。

「フォルテ……」
「何だよ」
「ううん、なんでもない。……ありがとう」

心の底から嬉しそうな、ほっとしたような笑顔を向けられ、フォルテの中に今まで感じたことのない不思議な『何か』が、ふつふつと湧き上がってくる。それは、普段のフォルテからすればあまり認めたくない、認めるわけにはいかないもの……なのだが、今はそれを嫌悪する気にはなれなかった。

「別に、礼なんかをを言われるために来てやった訳じゃねぇ。ただ……」

続きを口に出そうとして、フォルテは口を噤んだ。

「ただ?」
「テメェには関係ねぇよ」

勿論、そんな訳はない。ただ、言ってしまいたくなかっただけだ。その理由がまだはっきりとは形にはなっていないが、それでもそう思ったのだった。

「そっか。……あ、そうだ!フォルテ、ちょっと待っててね。僕、下にケーキ取りに行ってくるから!」
「ケーキ?」
「だってクリスマスって言ったらケーキでしょ?」

そういえばクリスマスがどういうものなのかよく知らなかった、とフォルテは思った。そんなもの、一切関係ないと思って生きてきた。

「なら早く取ってこい。……待っててやるから」
「うん!」

こけそうな位急いで部屋を飛び出す姿を見送りながら、フォルテは初めて、戦闘以外の楽しさを見つけた気がした。