白黒的絡繰機譚

明確な5厘の境界線

「誰だって構わねぇんだろ」

俺の口から零れた言葉は、直接コイツの耳に届いただろう。
別に言った事に後悔はしねぇ。常々思っていた事だ。

「何が?」

一瞬だけ反応を止めた後、何事も無かったかのように尋ねてくるのは空気が読めねぇフリなんだろうか。面倒くせぇ。
つか離れろいい加減。日に日にコイツがくっついてくる時間が長くなってきている気がするのは気の所為じゃあねぇはずだ。計測は面倒くせぇのとマジで長くなってきてるのなんぞ見たくねぇからしない事にした。

「何でもねぇ」

それより離れろ、と押したところでビクともしねぇ。俺の装甲まで磁石になったらどうしてくれんだ。

「……」

視界の端で、コイツが笑っているような気がした。んなのマスクで見えはしねぇけど。

「……確かに俺は、ハードみたいな人に『好きです』とか言われたら、ちょっとときめいちゃうかもなぁ」

変に鋭く、俺の言いたい事を汲み取ったその口調は、いつも通りで。
別にそれに何を思う訳でも、何を言うつもりがある訳でもない。どうせそんなこったろうと思ってたからだ。

――別にコイツの嗜好に口を出す気なんざさらさらない。好きにしやがれと思う。勿論、俺には関係のない所でだ。
だけれども、関係がある事態になっている以上、考える。面倒くせぇけど。
大雑把で、ある意味俺よりも面倒臭がりなコイツが、いつまでも俺一人に執着しているのは、おかしい気がしてならねぇ。だってそうだろう? 時間の無駄で、非効率で、どうしようもない。
『俺みたいなの』なら、本当は誰だっていいんじゃねぇのか?そうだろう?

「そうかよ」
「あれ、それだけ?嫉妬とかしない?」
「するかアホ」

俺が嫉妬、だなんて想像しただけでも溜息が出る。んなのする訳ねぇだろ。
例えする事が万が一あったとしても、お前にだけはしねぇから安心しろ。

「残念。……でもハードは、鋭いねぇ」
「別に、俺以外も知ってんだろ。程度の差はあんだろうが」

コイツは、自分の嗜好に関してオープンなところがある。吹聴しているって訳ではなく、隠してねぇだけだが。

「うん、みんな知ってるだろうねぇ。けど、ハードもみんなも、多分分かってないよ」

俺の横でニコニコと笑う事は止めない。けれども、その細めた目に何か違う色が浮かぶのを俺は見た。
赤と青が混ざったような、そう紫色に変化したような。そんな訳は、あるわきゃねぇが。

「あ?」
「例えば、ハードがジェミニみたいにホログラムを――いや、寧ろコピーロックマンとかそういうのかな。そういうのを作れたとしようか」
「……」
「きっとさ、俺はハードとそれを見分ける事は出来ないよ。でもね」

ゆらり、と瞳が揺れる。
酷く歪んだ色をしていたような気が、した。

「俺はそれでも、好きになるのはハードなんだよ」

ホログラムでもコピーでもないよ。分からないけど、分かるんだ。
……ああ、コイツの言う事は大雑把すぎて。

「……意味わかんねぇ」
「俺も分かんない」
「はぁ?」
「でもハードだけだよ。ホログラムでもコピーでもクローンでもなく。……ハードじゃないと」

それだけは信じてよ。と言った声に、俺は返事をしなかった。
俺にはその違いが、理解出来ないのだから。

「俺以外にしとけよ、アホ」

その言葉に、歪みの無くなった目がいつも通り笑っていた。







BACK← →NEXT(coming soon...)