腕を伸ばす事も、指を伸ばす事も、一歩踏み出すことも出来ない








指が届かない








『スカルは、自分を卑下しすぎなのよ』


それは、俺達が大切に思うお嬢様から言われた言葉
言われたのは、かなり前だ
けれど、その言葉はデータの劣化によるノイズも入らず、ただ俺の記憶に残り続けている








(あれが正しいのならば……今も俺は、そうなのだろうか)


戦う事以外を知った
大切にされる事を知った
大切にする事を知った
感謝する事を知った
感謝される事を知った
親愛を知った
……個人を、ただ一人を誰よりも愛する事を知った


けれど、この身体には中身がない
お前に触れる権利も、本当は感情を持つ権利すら、この身体には備わってなぞいないのだ
これは事実、俺が製作されたその時から変わらない不変
何故なら、俺は沢山の事を学んだとはいえ、根本はただの戦闘用……破壊の為だけの機械にすぎないのだから


(もし……俺が今も変わらず、あの時の言葉通りなのだとしたら)


権利があるのだろうか
今、この平和な世で何の役に立つでもない俺が、それを持っているのだろうか
それを期待しても、良いのだろうか


お嬢様の言葉はが、間違っているはずはない
けれど、あの言葉をお嬢様が発したのは随分前だ
その時と今は、大きく違う
俺はあの時よりも多くの感情を学び……お前を愛した
あの時には何もなかった欲求が、今はこの身体には重い位付随している
権利がない事を不変と知りつつも、それを無視するように何かが湧き上がっては圧し掛かってくる

それでも、権利はあるだろうか?








「……スカル、スカル。大丈夫か?」


呼ぶ声に顔を上げれば、そこには俺が考えてやまないお前がいる
……ああ、話の途中だったな


「大丈夫だ。すまないな」


何がどう大丈夫なのかは、自分でも良く分からない
ただ、お前に余計な心配をかけたくない、それだけだ


「なら、良いんだがな。正直、お前だけだよ。俺のこんな話につき合ってくれるのは」


「俺でよければ、いくらでも聞こう」


お前と二人で、誰にも邪魔されず、穏やかな時間が流れる
……前には考えた事もなかった、考える必要もなかった関係


「はは、ありがとう。で、さっきの続きなんだけどな……」


きっと今、俺は俺に許された中で一番幸せなのだろう
俺には過ぎた幸せ、これ以上を望むなんて分相応だ
……これ以上の関係が、これ以上の幸せがどこにある?








(だが……そう思ってもまだ)








何気なく伸ばした指は、お前まで届かない