白黒的絡繰機譚

階段駆けあがれ

「何しに来た。邪魔だ」

出会って一言目がコレだ。ああ、発言は何時ものことながら可愛げがない。
別にコイツに可愛げなんて求めてやしない……と思うが。

「邪魔も何も。……開店休業だろうが」

コイツの働いている空中庭園は、大概客がいない。
今までも数回来た事があるが……見かけた客は片手で足りる程度だ。チケット売り場に流れる団体割引の電光掲示が泣いてるぜ全く。

「言うな。ともかく帰れ。客がいなくとも俺が暇してる訳じゃないんだ」
「……じゃあ、手伝ってやる」
「は?」
「手伝ってやるって、言ってんだ。暇じゃないんだろ?」

売り言葉に買い言葉。
分かってる。自分がこんな事言い出す柄じゃないことくらい、嫌というほど。に
それでも、傍にいるきっかけが欲しかった。たった一体のロボットにロボットが、だなんて。必死すぎて、笑えもしない。

「……」

無言が痛い。刺さるような視線は、俺より背が低い癖にやけに上からに感じられる。
そんな視線を浴びながらも、今更言い訳を並べ立てる気も無い。どうせバレてるんだ、分かってる。

「……まあ、良いだろ。いや、色々面倒なことが溜まってるからな。良い機会だ。馬車馬の如く働いていただくか」

……少しだけ、後悔した。




「……終わったぞ」
「そうか。じゃ、次はあっちだ」

指示を出す本人は、特に何をする訳でもなく。時おり思い出したように職場を巡回しては元の位置に戻るという事を繰り返す。
やはり客のいない空中庭園で、俺だけがただあくせくと動き回らされている。
理不尽だ。――けれど、仕方ない。
ある程度予測できた事態ではあるし、申し出たのは他ならぬ俺だ。

「しかしなんでこうも……高所の細かい作業ばっかり溜めてるんだ」
「……悪かったな」

落ちる声のトーン。
……マズい、これは何か地雷を踏んでしまったに違いない。
大して高くない(残念ながらきっとそうだ)好感度が地に落ちる予感がする。というか多分もう落ちた。それはもう、まっさかさまに。

「あ、いや、その」

思い出せ。
きっと今ならまだ、多分もしかしたら間に合うかもしれない。
こんな場面は初めてではないから、確か。そう、あの時は確か……。

「何だ。言いたい事があるならハッキリ言ったらどうだ」

怒気が見え隠れする声。
それが余計に俺の回路を揺さぶって、パニックで思考演算が上手く動かないんだ。
どうかもう少しだけ、待ってくれ。

「――……あ」

……ああ、そうだ、コイツが機嫌を損ねる理由なんてひとつしかない。最初からそれしかないじゃないか。
高所の細かい作業は全て、溜めてたんじゃない『出来なかった』んだ。
今や高速飛行の代名詞ではないそれは、安定した姿勢で空を飛ぶ。今の俺のように、頻繁に体勢を変えながら細かい作業をこなすなんて、向いてやしない。
それを十分に分かっていたとしても、コイツは性格的に誰かに頼ったりはしない。こっそりと目を背けて、その結果がこの作業量だ。
馬鹿じゃねえのか、なんて少し前の俺なら嘲っていただろうか。けれど、今は。

「だから、言いたい事があるならハッキリ……!?」

多分、当分口を聞くことは叶わないだろう。
けれど、こうしなくては、こうしたいと思った。
どうせ後悔なんて、したって仕方がない。全部が全部、今更過ぎるんだから。

「悪かった。ただ、悪気があった訳じゃない。本当に……済まなかった。今度から、溜めこんだりせずに言えよ。なぁ、これくらい幾らでもやってやるから」

ただ俺は――自尊心の高いコイツに、頼って欲しいと思ったんだ。

「……」

腕の中には、極限まで軽量化された軽い身体が収まっている。俺の言葉をどう思ってくれただろうか。

「…………ま、考えとく。で、放せ」

どこか呆れた様な口調には、先ほどまでの怒気は感じられない。
……だから調子に乗る様に、俺は、

「良いだろ。労働報酬だ」

こんなことを口にする。

「……安上がりだな」

……言ってろ。
俺はそれでも、構わないから。だからもう少しだけ、良いだろう?

「お前と違って、燃費がいいんだよ」

出来る事なら、このまま、二人で。
……きっと大丈夫だとは思うが、今日だけは客が来ませんように。







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