無限の定義
一人ならば、全ては光速に。けれども、今はどうだろうか。――全てが、新鮮だった。
今まで一人では得ることの出来なかった時間で満ち溢れている。
よくよく考えたら、大したことない時間なのかもしれない。
だが、幸せならばそれで良いのではないか……そう考えるようになったのはやはり自分が変わったからなのだろう。
「ねぇ、クイックマン!」
その俺が変わった原因の声が少し後ろから聞こえた。
「?」
振り向くと、数メートル後ろから駆けてくる姿が映る。
ロックマン、俺の、大切なもの。宿敵だったのに、そうなってしまったもの。
「ちょ、ちょっと速いよ……」
「そうか?」
俺は普通に歩いていただけなのだが。何もしていないし、する気もない。
「そうだよ。クイックってば歩くのも速いんだから」
「そうなのか。それは済まなかったな」
よく加減が分からない。
それに、お前が本当に歩いてる俺に追いつけない訳でもあるまいに。
「僕こそ遅くて……そうだ。ねえ、クイック」
俺の名を呼ぶと、右手を向けてきた。
「……何だよ、その手は」
「駄目?」
差し出されたそれが示すものは何だろうか。見当もつかない。
「何がだ?」
「……クイックって、変なとこ鈍いよね。本当に分からない?」
小首を傾げつつそう問う姿は一般的に言う『可愛い』に当たるのだろう。
俺は相手がロックマンであることが一番大切なので、イマイチ分からないが。
「ああ、済まない」
ロックマンと出会ってから分かったことなのだが、どうも俺は、気が回らない男らしい。
歩くだけで開く距離、差し出された手、どちらも俺一人では、意図がわからない。
こんなロボットでいいのかと、聞いてみたこともある。ロックマンはそれでクイックでしょ、と笑っていた。
「手、繋ご。これなら並んで歩けるでしょう?」
もう一度差し出された右手を見る。
手を繋ぐ、そんなこと今まで考えたことも無かった。
俺は一人駆けるばかりで、並んで歩くなんてする必要が無かったからだ。
「……ああ、そうだな」
左手を重ねる。
小さな手を包み込む。
ただ、それだけだ。他に、なにも有りはしない。
「……? どうしたの、クイック」
それだけなのに、何故こうも、
「いや……何でもない。行くか」
駆けるよりも激しく、体内温度が上昇するのだろうか?
分からないが、分かっている。これは、ロックマンとだから起こる現象なのだと。
また歩き出す。今まで通りの速度で進もうとすると、手が離れてしまう。
だから俺は、速度を落として、酷くゆっくりと歩いていく。
今までならば決してしないその行為に、意味を見出してしまった俺は、どうなっているのだろう。
……いや、どうであろうと関係ない。
二人で歩く、その短く儚い時間を、無限に感じる。
それだけできっと、良いのだから。