白黒的絡繰機譚

僕の所為じゃない

ああ、これだから君って人は……!
あのね、確かに言いだしたのは僕かもしれないけど、振ったのはデンジ君、君なんだよ。

「……なに、どしたの」

それなのにどうしてかな?
今の君は、ヨレヨレの服を着て(どう考えても昨日と同じ服なんだろう)寝癖でボッサボサの頭を掻きながら(またソファで寝たの?風邪引いても知らないよ)開ききってない焦点の合わない目で僕を見てる(チャイムで起きただけマシって感じかな)

「……今日行く、って言ってたでしょ」

正確には『今度の休みに』だったけど。そこはまあどうでもいい。今日が休みだから間違ってる訳じゃないしさ。

「そうだったっけ……? んー……ま、良いや」

良くない良くない。完全に寝ぼけてるよね君?
君の手が何とかドアノブ掴んでなかったら、僕は倒れてきた君に潰されてる。
それくらいフラフラするまで寝てないなんて……また改造に熱中してたんだろうなぁ。同じジムリーダーとしては、呆れるしかない。こちとら身体が資本の炭鉱の男だぜ?なんてね。

「とりあえず上がって良いよね?」
「ん、んー……」

僕が疑問系だけど実は疑問形じゃない言葉を発すると、返って来たのは生返事だけ。
寝ぼけっぱなしなのは、低血圧っていうより不摂生の所為だよね、デンジ君の場合はさ。
それはともかく、ヨロヨロするデンジ君の背中を押して上がり込む。

「……やっぱりかー」

廊下を進んで目に入るのはモノが散らかった床、丸まったタオルケットが乗っかってるソファ、そして埃っぽい空気。その所為で上がり込んでまず第一声がこうなってしまうのは、何時もの事だ。全く。
だってデンジ君はなんていうか『駄目な一人暮らし』の見本みたいな状態なんだもん。
幾ら言っても指導しても直らない……というか、直すくらいだったらジムの改造に時間使っちゃうんだよね
だからいい加減、僕も諦めた。諦めちゃいけないなんて言う人は、実際にこれを見た事がないからだ。

「ヒョウタ……」
「とりあえず顔洗って。着替えて。どうせ冷蔵庫何もないでしょ? 一応朝ご飯のつもりですぐ食べれるもの持ってきてるから」

後ろから抱きついてくるのを剥がして、洗面所にほおり込む。ドカッと何か音がしたけど、知らないふりで。

「さて、と……」

一体どこから手をつけたものか。
とりあえず空気が悪いのが気にかかるかな……。カーテンと窓まで何とかたどり着いて、開け放つ。この部屋に日光が入るのは何日ぶりなんだろ?

「……ヒョウタ」

ひたひた素足でやって来たデンジ君は、さっきよりは目も開いて、くたびれてない格好をしてた。まあさっきよりは、なんだけど。

「やっと目が覚めた? ……ああ、ちゃんと着替えてるか」
「今……何時だ?」
「今? 9時だけど」

感謝してよね、早く起きて(といってもそれは仕事があれば何時もの事だから、別に苦でも何でもないんだけど)君のところに来たんだから。

「9時……」

何でそこでビックリしたような顔をするかな君は。9時ってもう普通の会社とかだったら始業時間だと思うよ。

「何? ……ま、とりあえず座って、朝ご飯食べたら? おにぎりと……うん、そのジャーにお味噌汁入ってるから……ってどうしたの、デンジ君」

デンジ君は保温ジャーを手に取ったまま、固まって、馬鹿みたいにポカンとした表情で僕を見る。
そして、保温ジャーをテーブルに置いて、僕の方へやって来て。

「……痛っ!」

頭は君の手のお陰で打たずに済んだけど、何にも守られなかった肩と背中はモロにダメージを食らう。ちょっと! ソファって結構、痛いんだからね!

「……」

僕の下には君の匂いも新しいソファ。上には、君。
所謂『押し倒されてますよー』なんて状態。うわぁ。

「――ヒョウタが悪い。俺に世話焼く、ヒョウタが悪い。ヒョウタ、愛してる。やっぱり結婚したい」

……はぁ? 何それ、意味分かんない。何処がどうなって僕の所為になるのさ、ねえ?
しかもさ、君がこういう良く分かんないこと言いだすの初めてじゃないよね。
いっつも思うんだけど、さ!

「僕の所為な訳、ないだろ!ホント、デンジ君意味分かんない!」

でもそう言っても押さえつけてくる腕が引く訳じゃない。何時もの通り君は、にへらと(そうとしか言いようがない顔で)笑って、僕にキスをする。
え、この後? 言わずもがなですよっ。
……あーあ、これで今日の予定はパー。この部屋は片付かないまま、冷蔵庫の中身は増えないまま、洗濯物は畳まれないまま、ぜーんぶ変わんないまま。
ねぇ、これのどこが僕の所為なのさデンジ君!